石井十次の願い、天まで届け。
圓常寺の特徴
石井十次の聖地として整備された記念碑が目印です。
孤児院で亡くなった子供たちの思いが込められた場所です。
住職の親切で丁寧な対応が訪れる人を温かく迎えます。
2009年6月、関係者の方々のご尽力により、石井十次の妻品子と、コレラや赤痢にかかり孤児院で亡くなった子供たちの聖地の整備が完了、「この子等の願い天までとどけ」と刻まれた石井十次の記念碑も建てられました。場所は圓常寺山門の手前右側の操山にある墓地内(圓常寺入口よりもう少し御成川上流の、操山ハイキングコース上り口である石階段の途中に案内板があります)。圓常寺は、東中島に開基し元禄元年に門田字山手屋敷に移し、ついで明治三十年頃第六高等学校が国富と山手屋敷に亘って校地を設定した際、現在の地に移ったとのこと(東中島町の寺跡は、東本願寺末の源照寺に編入されたが、源照寺も空襲により焼失後、花畑に移転)。
住職は親切で丁寧。人間味があり対応も素晴らしい。
名前 |
圓常寺 |
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ジャンル |
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電話番号 |
086-272-1394 |
住所 |
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評価 |
3.4 |
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城下富田町の養林寺には池田家歴代夫人(利隆室、光政室、綱政室)らの御霊屋があり寺領200石でしたが寛政6年(1974)火災にあい霊廟は門田の常念仏寺に遷されましたがそこも廃寺となりここ圓常寺に合併されました。お寺の方に尋ねると夫人方の位牌等は承継していないそうです。常念仏寺は朝日高校の南、現在のライオンズマンション向かいの日銀東山寮の辺りにあったとも教えてくださいました。