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富永有隣は、文政4年(1821年)陶村に生まれました。天然痘により片目を失い、後遺症で容貌が悪くなりました。そのせいか人間関係が上手くいかず、告げ口で陥れられ萩の野山獄に捕われました。獄中で吉田松陰と知り合い、出獄後は松陰の計らいで松下村塾で塾生を指導し、松陰の死後は秋穂や名田島で塾を開きました。明治2年(1869年)脱隊騒動では、兵制改革に反対して脱隊兵の首領となり、捕らえられました。明治17年(1884年)恩赦で出獄、田布施で塾を開き地域の子弟の教育にあたり、明治33年(1900年)田布施で亡くなりました。牢に捕われる、塾で教えるを繰り返した人生は、国木田独歩の「富岡先生」のモデルだそうです。