田原坂の歴史を体感!
熊本市田原坂西南戦争資料館の特徴
戦争の歴史を深く学べる資料館で、展示内容が豊富です。
リニューアルされた新しい建物で、清潔感あふれる施設です。
バラエティ豊かなジオラマや映像で、子供も楽しめる工夫があります。
西南戦争の激戦地、両軍共に数千の犠牲を出した16日間の克明な記録を迫力のジオラマや映像で再現した展示施設。地元の古老から聞き取った当時の住民たちのエピソードが大変興味深い。
薩摩軍3万人、政府軍6万人が動員され、約14,000人の若者が命を落としたとされます。見学を通じ、あらためて内戦の規模の大きさを学びました。小銃や大砲を中心とする戦いを象徴する展示内容でした。
念願の田原坂です。実家は昔芦北の方で木賃宿をやっていて薩摩軍の兵隊を泊めました。何故か、西郷は西南の役でほとんど指揮を執りませんでした。指示もしていませんね。このことについて資料館の方と話をしました。私の持論としては、勝っても負けてもどっちでも良かったのではないかと思っていまして、それを資料館の方に話をしたところ、同感的な感じてした。確か宮崎で官軍の兵隊の強さに感心して安心したというコメントを残しています。勝ったら勝ったで政府に意見を言うつもりだったのでしょうね!
田原坂の戦いは西南戦争の最大の激戦と言われており、1877年(明治10年)に熊本県の田原坂で行われました。西郷隆盛率いる薩摩軍と新政府軍が激突したこの戦いは、日本国内の内戦として非常に重要です。田原坂の険しい地形を利用した戦術が特徴的で、多くの犠牲者を出しました。西南戦争資料館は、西南戦争に関する資料や展示物を集めた博物館です。この資料館では、田原坂の戦いや西南戦争全般について学ぶことができます。展示品には、当時の兵器や装備、写真、文書などが含まれています。入館料大人300円開館時間9:00〜17:00(最終入館は16:30まで)
2024年10月7日(月)来館。JR鹿児島本線の田原坂駅よりタクシー利用。¥1,500で約10分。徒歩だと30分ぐらいですが、イノシシ出没するらしく、資料館にもイノシシ出没の注意書きがありました。入館料は大人¥300でクレジットカードで支払い。平日の14時頃で来館者は少なく落ち着いて見学できました。エントランスホールや体感展示室で映像を観てゆっくり廻っても1時間半ぐらいで展望台から周辺の散策、別館である弾痕の家まで見学できました。明治の歴史に興味ある方には勉強になる施設だと思います。
2024年8月猛暑の夏国内最後の内戦、西南戦争!その最大の激戦地である田原坂。戦いの帰趨を極める起点となりました。海音寺潮五郎、司馬遼太郎などの名著でその厳しい戦場が活き活きと描かれ、◯HK大河ドラマでも、獅子の時代、翔ぶが如く、篤姫、西郷どん等でも名場面を紡ぎ出して来ました。今回、初めて訪問。改めて、西南戦争について学び、新たな知識を得ることが出来ました。ありがとうございました。
田原坂の戦いに特化した資料館です。激戦の様子をいろいろな展示手法で確認することができます。玉名方面から一の坂、二の坂を通りながら往事を偲びました。遠くに鉄道を眺めることもできます。
駅から歩いて30分うーん駅からおりて左側の坂道はかなりきついですね。途中牛がいてビックリ回りは畑ばかりで景色最高で資料館は良いですがクーラーがなく扇風機だったから暑い。当時の様子が詳しくわかるから勉強になりました。
西南戦争の歴史背景や、田原坂の地理的重要性などについて学べます。小さい資料館ですが、なかなか見応えはあるなと思います。また、資料館前の展望台からは、田原坂全体の眺望と。辺りの地形的な特徴も見渡せますね。今眺望すると、こんな“のどかな”風景の“どこに”激戦が行われなければ成らなかった要因があったのだろうか?と疑問しか湧きませんが。展望台から俯瞰(フカン)すると。狭い丘陵地帯の中を、細く繋いだ街道を想像できます。熊本城を本丸として頂く、西郷隆盛の鹿児島軍の前衛基地としての重要性が見えてくるのではないでしょうか?現在のインフラでは、国道3号線も。高速道路も内陸部の山野を切り開いて通されていますが。その当時は、ここ田原坂の下を通る街道が重要な移動手段であったとか。
| 名前 |
熊本市田原坂西南戦争資料館 |
|---|---|
| ジャンル |
/ |
| 電話番号 |
096-272-4982 |
| 営業時間 |
[月火水木金土日] 9:00~17:00 |
| HP | |
| 評価 |
4.2 |
| 住所 |
|
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事前に勉強してから行きましたが、それらを上回るパンフレットや説明資料がたくさん有り見応えがありました。田原坂駅から歩いて行きましたが、木葉駅からタクシーが便利です。