鬼滅の刃ゆかりの溝口竈門神社。
溝口竈門神社の特徴
矢部川の北岸に位置し、荘厳な雰囲気が漂う神社です。
鬼滅の刃の聖地としてファンが多数訪れる場所です。
立派な大楠に囲まれた清掃が行き届いた神社です。
鬼滅の刃聖地巡礼と新年詣で初めて参拝しました。とても趣ある神社です。車での参拝でしたが、とても参拝し易くて良かったです。今年もいい一年になれる気がしました。笑。
県道792を八女市に向けて進み、高速を過ぎと右手に集落がある。神社は集落の外れ東側、矢部川傍に鎮座している。耕作地の中にある鎮守の杜である。鬼滅の刃ブームが過ぎた後でゆっくり参拝できた。神社周囲を覆っているクスノキの大木群に目を奪われる。第一鳥居、第二鳥居、桜門、狛犬、標柱、御社となる。唐破風の向拝は重層感がある。その向拝柱に御祭神の玉依姫命の表示がある。広い境内に鎮座している境内社にゆとりを感じる。
鬼滅の刃で有名な竈門神社⛩️です。また、天皇陛下在位60年記念碑や戦争戦没者慰霊塔など、慰霊碑や千燈明祭も有名で由緒正しく、今の平和をありがたく思うことができる神社だと思います。石碑には西暦1014年にはこの地に建立され1000年を超えて大切にされている神社⛩️でした。入り口の御神木もとても見事です。伺えてありがたかったです。次回、近く寄った際はまたお伺いしてパワーをいただければ幸いです。
鬼滅の刃ゆかりの神社で、境内には関係する物が色々と飾られています。また御神木の楠木も、立派です。御朱印は、近くの水田天満宮で頂くことができます。
鬼滅の刃の聖地と有名な溝口竈門神社にお参りに御祭神は玉依姫命創建は1014年と歴史ある神社、お祭りの日はコスプレーヤの方々が降臨されると宮司さんがおっしゃられていました。絵馬も鬼滅のイラストがあり皆さん上手く書くなと感心しました。書置きの御朱印も頂けて栞も頂き有り難いです。社内は神聖な雰囲気で御神木の良い香りが感じられました♪
溝口竈門神社は、JR筑後船小屋駅の東5.4kmほどの筑後市溝口(旧八女郡古川村大字溝口字辻)の集落の東のはずれの矢部川の北岸に鎮座している神社です。旧社格は村社です。平安時代の長和3年(1014年)筑前国 竈門山(現在の太宰府市)より勧請され、当時溝口300戸の氏神様として創建しました。その場所は現在と異なり、溝口地区の西南の場所(現在の古宮がある場所)でしたが、南北朝時代に入り、この地にあったとされる溝口城の北東(鬼門)に当たる現在地へ移されました。天正6年(1578年)溝口城主の溝口正重が肥前の竜造寺隆信との合戦に敗れ城を追われた争いの地でもあります。福岡県出身の漫画家の我峠呼世晴先生が平成28年(2016年)から週刊少年ジャンプに連載していて社会現象となった人気漫画「鬼滅の刃」の主人公・竈門丹治郎が「溝口少年」と呼び間違えられる謎のシーンがあることから、この神社は「聖地」として注目を浴びています。御祭神は「玉依姫命(たまよりひめのみこと)」です。お互いの魂を寄り集めるということから「良縁の神様」といわれています。恋のくに筑後のパワースポットの一つと言えます。漫画「鬼滅の刃」の中には、珠世(たまよ)という主要な登場人物が出てきますが、玉依姫命から名をとったのではといわれています。矢部川堤防のそばの一の鳥居は、昭和55年(1980年)建立です。二の鳥居は、大正11年(1922年)建立です。楼門の東西の塀は、勧請1000年記念整備事業で、平成26年(2014年)に修復復元されました。境内には、「日露戦争戦勝紀念碑」や「昭和天皇在位60年記念碑」が建立されており、どこにも通じていない謎の古い鳥居もありました。『溝口竈門神社の社叢(筑後市指定文化財)』は、主に7本の大クスノキで、樹齢は300年~600年と推定されています。そのうち最も大きいものは、楼門前に生い茂る2本のクスノキで、地元の人から「夫婦楠」と呼ばれ親しまれています。戦国時代には溝口城の馬場だったと言われ、そのときに植えた樹木が基礎となり、現在の森を形作っているとされています。筑後市は、平野地帯にこれほどの巨木が群生していること、また約千年の時を越え美しい景観を保っていること、この地域のシンボルとして、今も地域の人たちから親しまれていることなどを総合的に判断し、この森全体を天然記念物に指定しました。毎年9月に行われる『竈門神社千燈明(筑後市指定無形民俗文化財)』は、筑後三大千燈明の一つとされていて、今では、この溝口と水田の千燈明しか残ってないとの事です。高さ約20mのやぐらに火が灯ると、南北朝時代にこの地区にあったといわれる溝口城の天守閣が浮かび上がります。神社のある「溝口(みぞぐち)」という地名は、かつてあった筑後久留米藩の下妻郡(しもつまぐん)溝口村に由来します。明治22年(1889年)溝口村、北長田村、久恵村、鶴田村、新溝村が合併して古川村が発足して、溝口村は、消滅しました。明治29年(1896年)八女郡(やめぐん)古川村となりました。昭和29年(1954年)古川村・羽犬塚町・水田村・岡山村が合併して筑後市が発足しました。竈門神社(宝満宮)の総本社である竈門神社は、宝満山の麓に鎮座していて、大宰府の鬼門(東北)の位置にあることから、「大宰府鎮護の神」として崇敬されました。神武天皇(初代天皇)の母である「玉依姫(国津神)」を御祭神としています。
きれいに清掃もされていて気持ち良い神社です。トイレも最近新しくされたのかとても綺麗で新築の匂いがしました。入口の表示には鬼滅で表されています。
行きたかった溝口竈門神社さんに行ってきました!鬼滅の刃で有名になり、大変な数の参拝客でなかなか行けなかったのですが、今回は土曜日昼前に着き、数名の参拝客しかおらず、ラッキーでした。ご祭神は玉依姫命(たまよりひめのみこと)。良縁の神様で、縁結びのご利益があると言われてます。川の近くにあり、風と氣が良い感じに通り抜けてスッキリとした境内です。木の幹が大地に根付いて大きく、これまた気が関係してるんだろうな~と。長く滞在したい場所でした。小さな社務所があり、ここで御朱印(500円)購入出来ます。駐車場はありますが、川沿いの道が離合しにくいので少し要注意ですね。また行きたいです。
御朱印を貰いに行きました。鬼滅の刃の神社では?と有名ですが、神社周りの雰囲気がとても良かったです。風が抜けて良い気が回っている様な感じ。★鬼滅の刃を意識してみるならば!★神社正面から入ると向かって右側の人形の服がいちまつ模様。★神社拝殿の彫刻が水模様。★御神殿の中にきせる祭で使われる天狗の面。★神殿に向かって左側の鳥居。昔は左側の鳥居から入っていたと地元の人から聞いて見に行くと竈門神社と書いている神額がね豆子の箱に似ている。親切な地元の方から神社の見方を教えて貰いました。ネットには他にもいろいろ載っているようです。
名前 |
溝口竈門神社 |
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ジャンル |
/ |
住所 |
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HP |
http://chikugo.net/?s=%E6%BA%9D%E5%8F%A3%E7%AB%88%E9%96%80%E7%A5%9E%E7%A4%BE |
評価 |
4.2 |
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御朱印をいただきに参拝しました川沿いにある静かな佇まいの神社です参道両脇に駐車場があり余裕を持って停められます御朱印は三種類あり、500円の初穂料です。