函館護國神社で艦長の覚悟に触れる。
帝国海軍駆逐艦橘鎮魂之碑の特徴
函館護國神社内にある特異な慰霊碑です。
駆逐艦橘の艦歴は戦没までわずか半年です。
内地で民間船舶を守った艦の貴重な碑です。
函館護国神社境内に慰霊碑がある。背面には、「昭和20年7月14日午前5時、米海軍機動部隊より約100機の敵艦載機が函館港停泊中の青函連絡船及び船舶を目標に来襲した。これら船舶の護衛任務にあった駆逐艦「橘 1260トン」は単艦よく敵艦載機の襲撃を一手に引き受け、湾内湾外に勇戦奮闘し、在泊船舶の損害を最小限に食い止め其の任務を遂行した。敵機6機撃墜、1機撃破して午前6時53分葛登支灯台の90度2分3000mに沈んだ。乗組員280名中、戦死者140名、戦傷者31名」と彫られている。
海軍艦艇の碑は全国に点在するが、作戦での戦没した艦の慰霊碑が多く、駆逐艦橘のように内地で民間船舶を守るため奮戦した艦の慰霊碑は珍しい艦歴は竣工から戦没までわずか半年足らずではあるが函館での戦いは他の艦艇に負けない武勲であると思うまた多数の航空機に単艦で挑んだ艦長・乗組員の覚悟に頭が下がる。
太平洋戦争中、函館を空襲しに来たアメリカの艦載機を相手に単艦立ち向かい、民間船を守る為に沈むその瞬間まで奮闘した大日本帝国海軍駆逐艦橘の鎮魂碑です。碑文には「昭和20年7月14日午前5時、米海軍機動部隊より約100機の敵艦載機が函館港停泊中の青函連絡船及び船舶を目標に来襲した。これら船舶の護衛の任務にあった駆逐艦「橘」(1
名前 |
帝国海軍駆逐艦橘鎮魂之碑 |
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ジャンル |
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住所 |
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評価 |
4.4 |
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函館護國神社境内に建てられた駆逐艦橘の慰霊碑。橘型駆逐艦1番艦の橘はアメリカ軍による函館空襲の際に交戦。函館に停泊していた船舶を守る為奮戦するも轟沈しました。私が護國神社に参拝に来た際には隣の少年海員之碑と共に花が手向けられていました。