沖縄戦の歴史を感じるガマ。
南北之塔の特徴
沖縄とアイヌの人々の交流の証としての重要な史跡です。
阿波田鍾乳洞から美しい景色を堪能できる場所です。
沖縄と北海道の戦士たちを祀る慰霊碑が建立されています。
大東亜戦争の戦跡めぐり沖縄戦の真栄平地域で犠牲になった将兵と住民の遺骨が散乱していたことから、住民が拾い集め、ここのガマに納骨堂にしたのが始まりです。北は北海道から南は沖縄までの将兵と真栄平地区の住民の慰霊塔になります。また、塔の横には、戦闘斥候を任務とする北海道旭川で編成された捜索第24連隊の慰霊碑があります。真栄平地区の住民と賛同者からの寄付で建立されました。
激戦地となった真栄平地区は住民の3分の2が亡くなったそうです。戦後に遺骨を集め、アバタガマに収骨された遺骨は数千体に及んだとのこと。住民だけでなく旭川が本部の89連隊の兵士の遺骨も納めたことから南北の塔と命名されたそうです。
数台の車を停められるスペースもあります。
NHKで見ました 沖縄の人々アイヌの人々の交流の証として大切な場所。
真栄平集落の後方、耕地整理の進んだ畑地の一角にある。激戦地であった真栄平では、屋敷内や道路、田畑、山野に散在していた身元不明の遺骨を住民が収集し、集落後方のアバタガマに納めた。人々はここを真栄平納骨堂と呼んだ。収骨された遺骨は数千体に及んだという。字では永久的な慰霊塔を建てることを決定し、1966(昭和41)年各世帯からの分担金と内外からの寄付金によりこの場所に「南北之塔」を建立した。
Abata cave has lovely views. Worth passing by and praying for those who are resting beneath
阿波田鍾乳洞は美しい景色を眺めることができます。通り過ぎて、下で休んでいる人たちのために祈る価値があります(原文)Abata cave has lovely views. Worth passing by and praying for those who are resting beneath
南北之塔の意味は沖縄から北海道迄の人達沢山ここで戦い散って眠っているという意との事。戦後、真栄平地区の人がこの周辺の遺骨(身元不明の遺骨数千柱)を集め納骨堂を造り安置し慰霊塔を作った。現地は真栄平地区北部丘陵の畑の中にある(真栄平集落より車で3分程度)。付近に案内表示等は一切無いので事前に役所や地区の人に聞いて訪れると確実で良い。
どちらも本土の人たちに虐げられたアイヌと沖縄の人たちのために建立された慰霊碑です。今まで何度もさがしましたが、やっと見つけてお線香をあげることができました。
名前 |
南北之塔 |
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ジャンル |
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住所 |
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HP | |
評価 |
4.5 |
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ナビがないと辿り着けない所でした。落ち葉が溜まっていたので、ザックリとお掃除しましたよ🍂みんなで語り継いで慰霊をしていきたいと思いました。6月にまた、訪ねます。フルートで慰霊演奏する予定です。