志賀島の歴史を感じる、元寇の供養塔。
蒙古塚(蒙古軍供養塔)の特徴
元寇の歴史を感じる供養塔で、静かな海を望むことができます。
文永の役に関する興味深いエピソードが刻まれた石碑があります。
志賀島南西部の金印海道沿いに位置し、無料駐車場も完備されています。
二度の元寇の際に戦死した元(モンゴル)軍の兵士の供養のため、1927年日蓮宗の僧の提唱で建てられたものだそうです。敵軍といえども兵士は自分の為ではなく、自軍(自国)の為に戦った戦士だと考えると、この様な供養塔の存在は価値があるものと思います。観光地でありませんが、梵字の碑が不思議な雰囲気を感じさせてくれます。
志賀島にある元寇の供養塚で、文永11年(1274)の文永の役(第一次元寇)の際、志賀島に元寇の舟が座礁し、投稿した兵の首を刎ねたそうです。その数120と伝わっており、昔は首切塚と呼ばれ島民も恐れて近付かなかったそうです。1927年に、日蓮宗の僧の提唱により塚がたてられましたが、平成17年の福岡県西方沖地震により倒壊。平成19年に現在の場所に再建したそうです。無料駐車場有り。
ちゃんとした駐車場までありますがこれだけの為に来る程の物ではないので金印公園の次いでに立寄るとよいかと。駐車場目の前の供養塔以外は説明の碑があるくらいなので滞在は短時間で済みます。
歴史がよくわかりました。
志賀島をぐるっとまわって駐車場があったので止まりました。そこがここでした(笑)そこからの景色です。
元寇の際の元兵の犠牲者を祀る供養塔です。金印公園から志賀島資料館に向かう途中にありますが、時間の余裕がある人が立ち止まるぐらいでいいかと思います。
先人達、そして蒙古軍の方々が犠牲を払われた供養塔。駐車場は8台程無料で駐車可能です。段差も有るため全てがバリアフリーではありません。目の前は綺麗な海が広がってます。
人気(ひとけ)は無い。モンゴルの方々が建立されたと思われる墓碑銘がほとんどで、日本でありながら日本で無いような不思議な空間だ。何とも言えない。手を合わせる。それにしても本当によく耐え忍んだ。先祖に感謝します。
元寇は皆歴史の授業で知っているでしょう。この地でこんなことがあったのかと思い起こす程度の場所。志賀島に行ったついでに寄る程度の場所。(20201011)
名前 |
蒙古塚(蒙古軍供養塔) |
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ジャンル |
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住所 |
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評価 |
3.6 |
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モンゴルと仲良くしましょう❗️