絶大な信頼、新堀湛甫の安心。
新堀港の特徴
昔、新堀湛甫と呼ばれた港で信頼が厚い場所です。
京極大橋の内側に位置し、歴史のある漁港として知られています。
大風の日も安心して入港できる安全性が魅力です。
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京極大橋の内側のこの漁港の歴史古い。『天保3年(1832年)、丸亀藩主は幕府の許可を得て、西平山の海岸に湛甫築いた。東西80間(145
名前 |
新堀港 |
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ジャンル |
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住所 |
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評価 |
4.3 |
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丸亀市の新堀港は、昔、新堀湛甫(シンボリタンポ)と呼ばれ、どんな大風の中でも、新堀湛甫に入りさえすれば安心と船頭からは絶大な信頼が寄せられていました。天保3年(1832年)に完成し、東西80間、南北40間、入口幅15間で、入口には、銅製の大きな太助灯籠があり、金毘羅街道(12㎞)の起点になっており、大阪から丸亀へは定期航路が設けられていました。いわゆる金毘羅ふねふねです。海上交通の神様、讃岐の金毘羅さんにお参りの上陸地にふさわしい良港として、全国に知られていました。戦後、日本の復興が軌道に乗り、人々は、明日は今日よりもよくなると前を向き、春ともなれば、金毘羅参りの船が数十隻、満船飾に飾られ、港を埋めつくしたその様は、唱歌「港(みなと)」の中で、広島県宇品港が「林なしたるほばしらに花と見まごう船旗章(ふなじるし)」と謳われた風景とそっくりで、心ときめく光景でした。