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この巨大な礎石は白鳳時代(645年~710年)にこの地から三島大社の方向に向けて建てられていたお寺の塔の中心礎石だと言われています。昭和7年(1932年)祐泉寺の西側の橋桁の工事現場から発見をされ祐泉寺の境内に置かれました。他に出土した瓦や礎石の一部から薬師寺識の伽藍配置をもった寺院であることが解っています。市ヶ原廃寺と名付けられました。大興寺という名称であったとも言われています。この礎石は、塔心礎(塔の中心柱の礎石)で白鳳時代の典型的な様式で、当時の建築様式を知る貴重な資料です。