神功皇后ゆかりの大分八幡宮。
大分八幡宮の特徴
神功皇后が執り行った歴史的な地、パワーを感じる神社です。
大きな楠木や巨木が並ぶ、自然豊かな境内で癒されます。
秋の放生会で開催される流鏑馬や獅子舞が魅力的な場所です。
他の観光地に向かう途中、何度か参拝させていただきました。古くから地元に祀られている歴史を感じさせる神社です。入り口の通りは狭いですが、駐車場は広く、また福岡〜飯塚間バイパス筑穂ICから降りて近いので、遠来からでも行きやすいです。平日は参拝者も少ないので、ゆっくりと境内の内外を見ながら参拝や散策できます。御神木も巨木で、手前には池や市杵島姫神社がありますが少し荒れていました。ですが境内は綺麗に清掃されていて、波動がかなり高いのを感じます。福岡市東区の箱崎宮は、ここから遷宮されたと箱崎宮のHPにもあり、神功皇后にゆかりのある由緒ある場所なようです。拝殿奥の小高い人工的な山に細い階段を登っていく小さな石造りのお社がありますが、ここは古墳とのこと。階段が急なのと拒むような雰囲気があり、登っての参拝はためらわれます。境内の厳かで素晴らしい気を感じられ、是非神社好きの方におススメしたいです。写真は、今年の夏と秋のものです。
初めて伺いましたが、立派な社殿の落ち着いた雰囲気のいい神社⛩でした。住宅街にある大分八幡宮は神社に向かう小道から石畳になり厳かな感じです。境内には何本もクスノキの巨木があり特に保存樹木になっている御神木には黄金色のしめ縄がかかっています。樹齢推定1200年以上のパワーをもらってきました。御朱印もいただけますよ。
筥崎宮の元宮⛩大きな楠木が御神木です。境内には池もあり鯉が泳いでいます。境内に駐車場もあり小さいトイレもあるようです。段差もあまりなく参拝しやすいです。ただ宮司様はご不在が多いようで御朱印がなかなかいただけません。😅書き置きも無かったです。社務所のサッシの鍵は開いておりお守りや御朱印帳(御朱印付)ありますが、お金の入れ場所もなく、賽銭箱にという書き込みもなくご自宅も不在のようでした。御神木のパワーは、頂けたので参拝して良かったです😊😊
だいぶ八幡宮とよみます。ご祭神は、応神天皇、神功皇后、玉依姫命です。創建は726年です。923年に八幡宮が大分宮から博多の筥崎に遷宮するという出来事がおこりました。大分八幡宮が筥崎宮の本宮と云われるのはこの為です。その後も大分八幡宮は、宇佐八幡宮の「九州五所別宮」の第一に位置付けられるなど、由緒正しい名社となっています。ここにある大樟は、神功皇后が新羅征服から持ち帰った3本の樟の内の1本の子孫にあたる樟だそうです。また、応神天皇の産湯に使ったといわれる井戸もあります。神仏集合時代の名残と思われる楼門には、立派な仁王像もみられます。
神主さん不在で御朱印もらえず夏が近い生活雑草が多い場所があったなぁ維持するのも大変そうだなぁ巨大なクヌギ?は圧巻です。
お出かけの途中に立ち寄ってみました。境内の御神木がすごく大きくて、迫力があります。神社参拝は、心が洗われます。
神功皇后が筑紫の行政をしばらくの間執り行った後、軍隊を解隊された場所です宇佐神宮の古い書物には大分宮が我本宮であると書かれており、また筥崎宮の元宮でもあります🙏また神殿の裏にある小高い丘は仲哀天皇のお墓という説もありますまた秋の放生会は県の無形文化財に指定された獅子舞や、流鏑馬も行われます🐎とてもエネルギーの高い場所なのでただのんびり過ごすだけで数週間はパワーアップした状態で日常を過ごすことが出来ますよ( ^∀^)
神功皇后ゆかりの地であり、箱崎宮の元宮ともいわれる大分八幡宮様、久しぶりのお詣りは快晴で、とても素晴らしいエネルギーを頂く事ができました。
飯塚市大分(だいぶ)にある小さいけれども由緒ある重要なお社です。祭神は応神天皇、神功皇后、玉依姫命(神武天皇母君)です。神亀3年(726年)に神託により創建されたと伝わり、社殿は鎮西第一と言われる程壮麗なものだったと言います。尚、当地は神功皇后が三韓征伐の帰途、ショウケ峠を越えてこの地に立ち寄られ、率いていた兵を解隊された地と言われています。大分の地名はこの時の「おおわかれ」に因んでいます。「宇佐宮御託宣集」の延喜21年(921年)の件にて「我宇佐宮より穂波の大分宮は本宮なり」とあり、延長元年(923年)に箱崎の松原に遷座された為、筥崎宮の元宮とされています。代々朝廷の尊崇あつく承平5年(935年)の天慶の乱の際には朱雀天皇の勅願により、平将門、藤原純友の追討祈願の為、九州に宇佐八幡五所別宮(第二・肥前千栗宮、第三・肥後藤崎宮、第四・薩摩新田宮、第五・大隅正八幡宮)が造立されますが、第一は大分八幡宮とされました。中世も朝廷からの崇敬あつく治暦3年(1071年)の再建では筥崎宮と同等規模の社殿でした。応仁の乱を受けて衰微しますが天正5年(1577年)、秋月種実により再建するも秋月氏が日向に転封になり再び衰微。江戸時代に福岡藩の寄進により再興しました。境内は中々広く大きなクスノキにお社が守られている様な雰囲気です。元禄3年(1690年)に伊佐勘九郎が寄進した三ノ鳥居には筑前の学者、貝原益軒が京都に赴いた際、内大臣を務めた花山院定誠の書による「大分宮」の扁額があります。総門は宝永4年(1707年)建立で切妻造、銅板葺きの八脚門。神仏混交時代の名残である仁王像も残っています。現在の社殿は平成7年(1995年)再建のものです。入母屋千鳥唐破風付きの拝殿を持ち、本殿屋根には5本の鰹木と外削ぎの千木を乗せます。社殿は新しいものの神威と格式を物語る立派なお社です。広い境内に親子連れが散歩に来ていました。駐車場は境内に数十台は止められる広さがあります。社務所はありますが無人の事が多い様で、御朱印は書置きタイプのものが¥300-の初穂料で置いてありました。此処から椿八幡宮迄は車で数分の距離です。神功皇后は宇美八幡宮→大分八幡宮→椿八幡宮→曩祖八幡宮という順序で歩まれたのですね。「飯塚」の地名も九州の家臣と別れる際、家臣達が「またいつか御尊顔を拝し奉らん」と言った「いつか」が由来と言われています。初夏を思わせる日曜日の午後の、ちょっとした歴史散歩でした。
| 名前 |
大分八幡宮 |
|---|---|
| ジャンル |
/ |
| 電話番号 |
0948-72-0621 |
| HP | |
| 評価 |
4.3 |
| 住所 |
|
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2024年初詣割りとご近所でもあり筥崎宮の元宮であるこちら大分八幡宮にお参りすることにした。神社自体は小ぢんまりとしており、参拝者も混雑すると言う程にはおらず、のんびり初詣するにはもってこい。参道には4件程度だが出店も出ており賑やかではないが寂しくも無い。お守りやおみくじの販売もあった。駐車場は境内に30台弱、郵便局側の敷地外駐車場に同様に30台程度。八幡宮に至る道は大変細いが参拝者数からも駐車に困ることは余程の事がない限り無さそう。これからはこちらにお参りすることにしたいと思う。