丸山城址で歴史散策を楽しもう!
丸山城跡の特徴
丸山城は糟屋氏の居館として歴史的に重要です。
別名糟屋城・千鳥ヶ城として親しまれています。
地元の方々の憩いの場所で便利な設備も充実しています。
お気に入りのウォーキングコースの一つです。
国道246号線脇にある城址公園です。階段を上れば大山を臨む広い平地が現れます。ご近所の親子連れや年配のご夫婦がのんびりいい時間を過ごしています。
元々は糟屋氏の居館、その後おそらくは太田道灌、後北条氏に城として整備されていったかと思われる。意外と土塁とか堀の跡とか残っている上に、看板とかできちんと説明もあるのでわかりやすい!
丸山城は、別名は糟屋城・千鳥ヶ城とも呼ばれています! 切通になった部分にある国道246号線を挟んで国の文化財でもある高部屋神社のすぐ北側の丘陵上に立地し、現在は丸山城址公園として整備され、城の構造は半円形をした主郭を中心に腰曲輪が取り巻いていて、土塁、建物址、竪穴状遺構などが見つかり公園内でその一部(土塁)を間近に見ることができます! 丸山城址は、伊勢原市下糟屋地区の台地上に築かれた中世に城郭です。大規模な堀や土塁の存在が確認され、江戸時代末の地誌には、平安時代から鎌倉時代初期にこの地を支配した糟屋氏の居跡との伝承がありますが、発掘調査の成果から、15世紀から16世紀頃の城郭と考えられるようになってきました。ちょうど太田道真・道灌父子とその主家の扇谷上杉氏が活躍した頃から、上杉氏の勢力を追い払い、伊豆から相模へ侵攻した小田原北条氏の時代に当たります。城の範囲は、西は東海大学 医学部付属病院あたりから東へ延び、上杉氏と関係深い臨済宗・普済寺あたりまでと考えられ、城郭遺構が発見されています。 (伊勢原市教育委員会、公園内案内板より) 尚、丸山城址公園の東入口に駐車場とトイレが有りますが、駐車台数が少ないので要注意です!
地元の方の憩いの場所、トイレ、自販機有り。昔この地をおさめていた糟谷氏の居宅地その後扇谷上杉氏が北条早雲に備える為に築いたとされています。(間違っていたらごめんなさい)近くに高部屋神社が有り、拝殿の頭上には浦島太郎、亀、乙姫が刻まれていますよ。又、山岡鉄舟直筆の高部屋神社の額が掲げられています。公園と神社を散策も良いですよ。
2020年2月15日 七沢城址に続けて丸山城址にやってきました。ほぼ円形の城址です。周りの土塁は良く残っています。でも城内は公園として綺麗に整備され過ぎていて趣がありません。周りの堀も舗装された遊歩道になっています。
| 名前 |
丸山城跡 |
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| ジャンル |
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| 評価 |
3.2 |
| 住所 |
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ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
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小田急 伊勢原駅から徒歩20分で登城できます。現在は公園化され土塁や郭などの遺構も残っています。戦国時代に関東で勢力を誇った扇谷上杉氏の本拠であった糟屋館であったと比定する見解が有力ですが、まだ断定に到っていません。城域は国道246号が貫通して分断されておりますが千年以上の歴史を持つ高部屋神社が鎮座する広々とした公園で説明板も設置され戦国期の城郭を知ることができる穴場です。