小倉一の宮で厄除けを!
蒲生八幡神社の特徴
小倉南区に鎮座する由緒ある八幡神社です。
厄祓いに特化したご利益が魅力的です。
高台からの小倉市街を一望できる景色が素晴らしいです。
小倉北区南区の広範囲を網羅する氏神様だと言われる長い歴史ある由緒ある神社小倉の住人だけどあまりこちらのエリアに来たこと無かったので初めて参拝しました。
小倉南区の虹山に鎮座する歴史古い八幡宮。虹山手前の交差点には朱色に塗られた大きな鳥居が目印。駐車場は鳥居を潜って楼門奥に無料駐車場があります。この八幡宮は拝殿、弊殿、本殿の3つは全て古くからある建築様式で本殿に至っては江戸時代に創建されて今に至ると説明看板もあり、歴史深さを感じます。本殿の屋根や櫓などを細かく拝見してましたが、釘1つも使っていない古式建築なんだろうと感じます。また、菊紋や桐紋が至るところに目にし、天皇家にも通じる神社なんだろうと思いました。参拝時、境内は氏子さん方が清掃されていて、地域の方々の神社に対して大切に護っている印象を受けました。御朱印も氏子さんだと思いますが、丁寧に直書きで頂戴しました。蒲生八幡宮を囲むお稲荷さんや末殿も綺麗にされているので本殿だけでなく、回りの神社へのお参りもお勧めします。
小倉一の宮で商売繁盛や厄除け等にご利益があるそうです。アクセスは自動車なら駐車場も広く、バスも近くにバス停があり、徒歩ではモノレール守恒駅からゆっくり歩いて20分位で着けます。神社は少し小高い山の中腹にある感じで、階段は少し急な傾斜です。境内は落ち着きのある雰囲気で、お守り関係の種類が豊富でした。御朱印は記帳して貰えて、500円の通常タイプみです。神主さんと思われる方が社務所に居て「こんにちは」と最初に声を出しましたが無反応で、あれ?そう言うタイプか?と思いましたが、最後は「気を付けて帰って下さい」と言って貰えて少しほっとしました。たまに居るんですよね、本当に神様に仕える方なのか?って疑問に感じる対応をする職員がね。
小倉南区に越してきて三年ほど経ちますが、ご挨拶のお参りに行ったことがなく呼ばれてる気がして雨の中行きました。とても立派な神社ですっかりファンになりました。これからは時々お参りに行きたいと思っています。
豊前国最古の厄除けu0026災いよけ等素晴らしい所ですね☺️
厄払いにご利益のある神社です人混みを避けるために年始ではなく年末に行きました厄払いということで、厄を割る玉があり、それを岩にたたきつけることで厄を払えるそうです家族の厄を払い次の一年が平穏に過ごせるようにと祈りを込めました。
とても由緒ある神社です。厄除け、災難除け(300円)石が有り心で願って割ります。商業的や豊作の神様、きく稲荷や学業の神様、 幸彦社があります。御朱印は500円でした。
普段まったく蒲生や南方の方に来ることはないので存在自体知りませんでした。思った以上に素敵な神社なので参拝して帰りました。平日の昼だったのですが、自分の他にも参拝客が2人ほどいらしていました。
社伝によるとこの地に宗像三女神が降り立ち「我、永きにわたり此地を守らん」とのお告げがあり、里人は三女神を各々別の地にお祀りし、蒲生宮はそのうちの多岐都比売命(タキツヒメノミコト)を祀るお社が起源とされています。後に応神天皇、神功皇后を合祀し八幡神社を名乗る様になります。旧社格は県社で今は神社本庁に属しています。主祭神は応神天皇、神功皇后、宗像三女神、大山祇神、細川幽斉、細川忠興。古代はまだ小倉、門司等の地名はなくこれらの地が豊前国規矩(企救)郡蒲生郷か長野郷に属していた時代、その郷名と同じ名前の当神社は広範囲の集落の地主神となりました。中世、虹山城主規矩氏、小倉城主、小野田種尚の守護神となり、また小倉一円の産土神となり広く信仰を集めました。天正の始め(1570年代)に大友宗麟の兵火にあい社殿を焼失。その後、蒲生の地から高浜(現在の井筒屋付近)に遷座し、規矩八幡宮と称して再建されます。その後、小倉城主・高橋鑑尚が社殿を造営し、小倉城主、城下町周辺の氏神となりました。小倉藩主の毛利、細川、小笠原諸氏の崇敬を集めました。慶長7年(1602年)に現在の小倉城築城に際し元の蒲生に遷座し今に至るという、小倉では最古の歴史を誇る神社です。現在の社殿は本殿は明和5年(1768年)頃、幣殿は天保2年(1831年)頃、拝殿は明治40年(1907年)頃に建てられたものです。各々の建物が独立した特徴ある構造となっています。拝殿は唐破風の向拝を持つ入母屋平入り、本殿は三間社流造になっています。境内は広くはありませんが、綺麗に整備されています。駐車場は石段下に20台分程度あります。境内まで車で昇る事も可能ですが、基本は下に止めるようにしましょう。御朱印は¥300-の初穂料で頂く事が出来ます。社務所は毎日は開いてない様ですが、今日は開いており新年の神矢や御札が売られていました。御朱印を頂く時も愛想よく丁寧に対応頂けました。(2021.04.10参拝。情報追加)
名前 |
蒲生八幡神社 |
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ジャンル |
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電話番号 |
093-962-6327 |
住所 |
〒802-0978 福岡県北九州市小倉南区蒲生5丁目6−10 |
HP | |
評価 |
4.3 |
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紫川中流域、中島山に鎮座する神社。旧社格は県社。創建年は不明。宗像三女神が天より降り「我、永く此地を守らん」と告げた事で、虹山に蒲生宮を建立し祀ったのが始まりで、後に、応神天皇・神功皇后も祀り、蒲生八幡神社となりました。天正年間のはじめに大友宗麟の兵火にあい焼失。蒲生の地を離れ、高浜に神社を造立し社号を規矩八幡宮(高浜八幡宮)として再建。時の小倉城主 高橋鑑種から庇護を受け社殿と鳥居が寄進建立。その後に小倉城主となった毛利勝信からも篤い崇敬を受けます。慶長7年(1602年)豊前国主となった細川忠興の時に、小倉城の大幅改修を行うにあたり、高浜に鎮座する規矩八幡宮を元の蒲生の地(中島山)に遷座。社号を再び蒲生八幡宮とし現在に至ります。蒲生から高浜に遷座していたこともあり、広範囲に氏子がいる珍しい神社です。看板に「小倉一宮」と掲げていますが、「小倉で一番氏子が多い神社」であって、普段よく言われる「一宮」ではありません。社殿は江戸時代、小笠原家によって寄進造営されたもので、市内で最も古く、北九州市の有形文化財に登録されています。