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名前 |
上の亀甲石 (惣兵衛堤防関連史跡群) |
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ジャンル |
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住所 |
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HP | |
評価 |
5.0 |
この石は、天竜川に昔あった「下市田大川除」(堤防の基 点の石であり、上下に二ヶ残っている。今からおよそ250年以前につくられた下市田の大川除は、飯田藩の奉行の黒須氏の発案によって当時の名石工、飯田の中村惣兵衛によって完成した。昭和36年の水害によって崩壊するまで下市田座光寺・上郷の250ヘクタールの美田を守っていたのである。今は、天竜川の形も大きくなり、新堤防になってしまったので、当時のりっぱな堤防の形は見ることも出来ないが、その堤防をつくる時の測量の基点は、何ヶ所かあったが、 特に大切な基点としたのが、上下の亀甲石である。上の亀甲石は、明神橋上方、現在の厚生病院前にあるが、これは元は大島家の屋敷内にあった。亀甲の文字はうすれているが大きな石である。下の亀甲石は、文字は上となっている。 天竜川より少し離れた下市田二区中村家のところにあり、畑の中に標柱の説明もついている。惣兵衛堤防は今はないが、永く市田座光寺の美田を守っていてくれたことを思い、この亀甲石もいつまでも大切にしたい。(林 藤人『ふるさとの碑』飯田共同印刷株式会社2001年12月1日発行より)