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南北朝時代の南朝の公卿・万里小路藤原藤房の墓碑で、伝承を元に近年建立されたものと思われる。墓碑は、背戸山から杓子山を結ぶ杓子山トレイルランルートの左側の台地に位置している。杓子山観光協会・粟井英朗環境財団が設置した説明板によると、小室浅間神社の宮司・宮下家に伝わる「富士古文書(宮下文書)」を研究した三輪義煕によって発刊された『神皇紀』の中に1341年(興国二年)藤原藤房が当地にあった宇津峯南城に入城した記録がある事から、消息不明となって以降、当地で没したと推定される為、此処に墓碑の建立をしたのではないかという記述がある。南朝の公卿であった藤原藤房の晩年は、謎に包まれており、秋田県秋田市山内の補陀寺にも藤原藤房墓所がある等、全国各地に伝承を残しており、当墓碑もその伝承の1つの産物と考えられる。