古代の柵跡で歴史を肌で感じる。
城生柵跡の特徴
昭和30年に発見された歴史的な価値のある遺跡です。
国指定史跡として、重要な文化遺産となっています。
菜切谷廃寺跡の近くに位置し、歴史を感じます。
2021年8月10日に見学しました。737年に官衙が造営されたと考えられます。関東地方を中心に入植する農民を募って開拓したことになっています。蝦夷の水田地帯に混在して入植し、租税を担う律令制に移行していく政策だったと思います。国造(クニノミヤツコ)制が、どの地域まで到達していたかによりますが、この柵が、造営される以前に、現地の人々は、俘囚として大和朝廷に帰順していたことも考えられます。
昭和30年に、本遺跡の東1kmに所在する菜切谷廃寺跡の発掘調査が行われた際に発見された。昭和52年から発掘調査が続けられており、8世紀前半に築かれた城柵跡であることが判明している。遺跡の規模は東西350m、南北370mと、東北の城柵としては最も小さい。周囲に大溝を伴う築地がめぐり、北辺の中央に掘立式の八脚門がある。内部から掘立柱建物跡、倉庫、竪穴住居跡などが発見されており、多賀城の創建と同様に8世紀前半の創建と推定されているが、いまだ政庁は発見されていない。
・国指定史跡。
せっかくの歴史的な場所なのに、あまりにも何も無さすぎ残念。
名前 |
城生柵跡 |
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ジャンル |
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住所 |
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HP |
http://www.pref.miyagi.jp/soshiki/bunkazai/kuni-siseki23.html |
評価 |
2.7 |
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古代の柵の跡です。