幕末の情緒、くろがねもんへ。
鉄門跡の特徴
くろがねもんと呼ばれる歴史的な鉄門遺跡が魅力的です。
幕末期の様相を留める左半分が特に興味深いです。
通り過ぎがちな階段が意外な存在感を放っています。
くろがねもん と呼びます。
殆どの人が通り過ぎますが、何気に凄い階段です。小倉城があった当時はもっと狭い階段幅でしたが、安全上の理由で昭和になり、拡幅されました。それによって写真向かって左側が江戸時代の石垣、右側が昭和の石垣と時代の対比が出来る珍しい階段となりました。よく見ると江戸時代の方は野面組に似た石垣です。小倉城は長州藩に攻め落とされる前に、自らの手で城に火を放ち、落城したお城です。そのため長時間火に晒された石が赤く変色しています。
鐵門遺跡(亦曾作爲第十二師團司令部正門):鐵門(くろがねもん)是供中年以下武士進出城使用。1875年(明治8年),第14步兵連在小倉成立;1885年,第十二師團司令部設立在小倉城遺址上,其建築建於本丸遺址之上。1898年(明治31年)中日甲午戰爭(日本稱日清戰爭)之後,日軍擴充軍備,組建了小倉、大分、久留米、佐賀聯隊和下關要塞砲兵聯隊。1925年(大正14年),因裁軍,司令部遷往久留米。目前還陳列有榴彈炮車、炮彈、正門紀念碑等。小倉城網站信息顯示,該地點目前仍在修復當中。
解説などを読まないとピンとこないが、左半分が幕末期の様相を留めているらしい。そう思ってみると確かに違う。それならば、石碑も左側にあれば良いのに。
| 名前 |
鉄門跡 |
|---|---|
| ジャンル |
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| 営業時間 |
[日月火水木金土] 6:00~20:00 |
| 評価 |
3.9 |
| 住所 |
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読み方は「くろがねもん」。中老以下一般武士が通行した。