四隅突出型墳丘墓上の神社。
三谷神社(西谷9号墓)の特徴
最大級の四隅突出型墳丘墓の上に位置する神社です。
主祭神は建磐龍命(たけいわたつのみこと)で、紀州熊野から勧請されました。
西谷墳墓群史跡公園のそばにあり、参拝しやすい立地です。
主祭神:建磐龍(たていわたつ)命※別名 阿蘇津彦命例祭日:十一月三日社伝によると、中世末に下来原の新宮氏の祖先が紀州熊野大社から分霊を勧請したのが始まりで、三谷権現と称しました。元禄十三年には来原池の内にあった阿須利神社を合祀しています。明治初期の神社制度改正の折、阿須利神社が山廻りの地に遷されて郷社に列せられた傍らで、この三谷権現は廃社となりました。しかし、地元民の強い要望により、明治十三年には無各社として再興。昭和三十六年の大水害で社地・社殿が崩れ、翌年に現社地に遷って現在に至ります。この社に伝わる獅子舞は、出雲古来の投げ獅子流で、昭和36年には出雲市の、後の昭和62年には県の無形民俗文化財に指定されています。
出雲弥生の森博物館(無料でクオリティ高いです。)とセットで、参らせてもらっています。祭神は健磐龍命(たけいわたつのみこと)別名「阿蘇都彦命」(アソツヒコノミコト)神武天皇の孫(諸説あり)健磐龍命を祖とする阿蘇神社の大宮司を世襲すら阿蘇氏があり、健磐龍命は発祥は宇治で宇治氏が祖となかなか面白い。阿蘇の鬼八伝説(高千穂版もある)を見ると、神武天皇の九州平定の過程とだぶるところも面白いです。階段下の狛犬と、登ってからの狛犬がいて、尻尾を逆立てているほうが好きですね!小さな祠やお稲荷さんもあり、色々観察できます!
こんもりした丘の上に、小さなお宮さんがある。この丘自体が古墳なのだそうな。ご祈祷やお祭もやっとられるよう。急な階段脇のツツジと境内は、どちらも綺麗だった。木の根が見えるところがあり、ほんのちょっとだけラピュタの気分。鳥居のそばにあるマンホールと水道局のフタの柄が、個人的には好みだった。
我が国最大の「四隅突出型墳丘墓」。巨大すぎて、古墳の全体像は、小山のように見えます。緑の木々の部分が全部、その古墳みたいです。「三谷神社」という名前は「三」と「父」と「口」に見えます。「三人の父の国」となりますね。「エンリルとエンキとニンフルサグ、この三人の父の造った国」という意味になります。つまり、「アヌ王=アフラマズダ=スカラベ」この神様を祀っている神社だということです。
古墳の上に建つ神社。
博物館前の駐車場からでも5分とかからないですが、車道には歩道がないので脇道を行くほうがいいです。鳥居をくぐり石段を上がりきったところに本殿があります。行ったときは賽銭箱も何もありませんでしたので、礼と柏手だけで済ませました。境内には「三谷神社の由来」「鎮座地の史的意義」についての説明板があります。大きいです。ここが墳丘墓であったことも書いてあります。でも単なる小山にしか見えません。
西谷墳墓群の1つです。市職員駐車場があるところから上がれます。墳墓群を見学される際はここもお忘れなく。
三谷神社(西谷9号墳) 四隅突出型墳丘墓 弥生時代 約1800年前に作られた特殊な古墳 古墳の上にそうとは 知らずに 神社を移設したのち 古墳だと発見された 出雲市大津町西谷。
丘の上の小さな神社です。雰囲気が良いです。
名前 |
三谷神社(西谷9号墓) |
---|---|
ジャンル |
/ |
住所 |
|
評価 |
3.8 |
周辺のオススメ

古墳の上にある神社です。階段が少し急です。