歴史感じる万斛庄屋公園ランチ。
万斛庄屋公園の特徴
住宅街にひっそりと佇む、歴史ある庄屋跡の公園です。
徳川家康公のゆかり深い、鈴木権右衛門氏の名を持つ場所。
リノベーションされたレストランで、絶品の公園ランチが楽しめます。
・静岡県浜松市中央区中都町には、『万斛【まんごく】庄屋公園』があります。ここは、徳川家康が側室:阿茶局【あちゃのつぼね】を一時期住まわせたと伝わる豪農の屋敷:旧鈴木家屋敷跡です。鈴木家は遠江を代表する庄屋で、家康の遠江支配の際に、万斛村とその周辺の村々の代官的役割を与えられました。阿茶は28歳の時に家康の側室となりました。家康は当初、阿茶を鈴木家に預け、鷹狩の帰りなどによく立ち寄ったそうです。機知に富む賢い女性だった阿茶は、政治センスがあり弁舌も巧みだったので、家康の信頼が厚く、奥向きの指揮や外交で大活躍し、「家康殿の御台様」と呼ばれるようになりました。※有名なのは大坂冬の陣の和平交渉です。家康は戦場にも妊娠中の阿茶を連れて行ったりしました。小牧の陣で阿茶は、家康の子を流産してしまいます。しかし、幼少の秀忠の母親がわりとなったり、初代尾張藩主の義直の養育にも深く関わりました。
徳川家康公とも所縁の深い、鈴木権右衛門氏のお屋敷跡地です。平成22年(2010年)にお屋敷を含む敷地が浜松市に寄附され、公園として整備されました。鈴木家は室町時代から続く豪農で、江戸時代には浜松藩の古独礼庄屋(単独で藩主に拝謁できる庄屋の内、新独礼より家格の高い者)4家の内でも独礼総代という最高格を与えられていた家柄でした。万斛村及び周辺の村々で構成された万斛組の在地代官役を務め、明治期に入っても屋号で「大西様」と呼び習わされていたそうです。家康公浜松城在住当時、当家には家康公の側室の一人、阿茶局が預けられており、家康公は度々当家を訪ねては彼女を伴い、家康公自身が「未開紅甘露梅」と名付けた梅の古木を観賞する為に、近隣の法雨山甘露寺を訪れていたのだそう。戦国の乱世を生きていた家康公の、ちょっと微笑ましい説話です。中央にはお屋敷を改装した古民家食事処「鈴松庵」が有ります。以前は随分と老朽化が進んでいましたが、綺麗に改築されました。裏手には弓道場も併設されており、その隣にはお手洗いも設けられています。お屋敷前の立派な表門も改修され、往時が偲ばれます。南側には大きな説明板が掲示されていますが、日に曝されて黒く変色しており、非常に読みづらくなっています。説明板前にベンチも2脚有り。東部分はグラウンドゴルフのフィールドに転用されています。北西側には祖霊社が祀られており、更に西にはトーチカ跡が有ります。トーチカの北には広い駐車場が整備されており、30台以上は駐められそうです。
最近オープンした公園ランチがめちゃめちゃ美味しかったです😍とても美しくて美味しくてスタッフの皆さんもテキパキとして気持ちの良い方々ばかりでした。また予約して来たいと思います。友人にもおススメします😍😋❤️
タイムスリップしたようで懐かしかった!浜松にこんな静かな場所があったのが嬉しい!
6年前から屋敷跡を見続けていますが、生まれ変わったと言う感じです。
名前 |
万斛庄屋公園 |
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ジャンル |
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住所 |
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評価 |
4.3 |
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住宅街の中に忽然と現す公園江戸時代の庄屋の跡を公園にしているが、周りは幹線道路などには接していないので、アクセスしにくい ただ逆を言えば、とても静かに過ごすことのできる公園とも言える庄屋の家屋をリノベしたレストランもあり、歴史と緑を感じる公園になっている。