壬申の乱ゆかりの桃、伝説の地で!
徳川家康 最初陣跡 (桃配山)の特徴
駐車場は道路を渡った反対側にあり、アクセスしやすいです。
壬申の乱の伝説に因んだ大海人皇子の桃配りが有名な史跡です。
今年の大河ドラマに合わせた本陣跡の設置が進行中です。
無料駐車場あり駐車場から道路渡り反対側に。駐車場はガソリンスタンドの道挟んで向かいの空き地トラックなど交通費多いので、横断注意。
流石総大将の陣跡は扱いが良いです。なんか、大海人皇子がヤマモモを配ったから桃配山とのこと。ほえ〜そうなんだ〜と思っていたら。本多忠勝陣跡に向けて歩いていたバイパスの街路樹が、ヤマモモ。最初「ヤマモモの街路樹、ウチの県以外で初めて見るかも〜」などとピンと来てなかったが、桃配山からのバイパスだからか!となり、関ヶ原町やるじゃん!と思いました。だいぶ盛りは過ぎてましたが、まだ実をつけている木もありました〜地元の人は食べてないみたいで、歩道が…モッタイナイ…
駐車場が用意されています。車の通りが多く道を渡るのに時間が掛かります。国道横断禁止で、信号までが遠いです。
合戦の主なメモリアル地点では、もちろん一番東です。合戦の時間的短さと距離感、戦の面積を知るために訪ねてください。
大海人皇子のちの天武天皇が壬申の乱で兵士に縁起の良いとされる桃を配った。家康も縁起を担いだか?関ヶ原全体を見渡せるが前線まで少し遠すぎる。勝負とみるやここから最前線まで押し出した家康の勝負感と勇気を感じる。
▼今年(2023年)の大河ドラマに合わせて3月下旬には、ここに想像の本陣跡を敷設してみたようですが、この写真は昨年8月なので、あまり何も無いですね。▼家康はこの後、東軍の諸所武将を鼓舞し西軍と当たらせるために2km弱程西へ、石田三成の陣近くに本陣を移します。▼ここ桃配山は激戦中心地からかなり東側で、たしかに遠い場所に感じました。▼壬申の乱時に、大海人皇子が兵士に桃を此処で配って勝利をしたという快事にちなんで、家康はここに最初の陣を張ったと言われていますね。
23/3/21 撮影。
本日着工年内いっぱいです。観光客やその他こちらへおこしになる方々に大変迷惑をお掛けします。更に綺麗になりますのでお楽しみ。期間内の入場は出来ません。終日完全通行止めになります。
壬申の乱で大海人皇子が兵士に桃を配って士気を高め、大友皇子に近江で逆転勝利して天武天皇に即位したという伝説に因んだ縁起の良い場所を本陣に選んだ家康。藁にもすがる思いで勝利への執念を燃やしていたことが分かる場所。
名前 |
徳川家康 最初陣跡 (桃配山) |
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ジャンル |
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住所 |
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HP | |
評価 |
3.7 |
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この場所はガソリンスタンドの隣にあります。入口には解説看板があります。入口から階段を上がって行くと広場のようになっていて、幟旗、石碑、ここから関ヶ原古戦場を見渡すための解説看板等が配置されています。お手洗いなどの設備はありません。