埋もれた庚申塔、歴史の息吹。
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歩いて通らないとわからないように、静かな住宅地の一角に佇んでいる。2体は庚申塔のようだが、1体はかなり風化して良くわからない。比較的新しい思われる像も荒れて、一度割れたのを修復している。寛延3年(江戸中期、1750年)の、未だシャープに見える銘有り。
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| 名前 |
庚申塔 |
|---|---|
| ジャンル |
|
| 評価 |
3.2 |
| 住所 |
|
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左側の庚申塔はどうやら下部がだいぶ土中に埋まっている。三猿もちゃんとあるのかもしれない。右面には、延享三丙寅年 石塚? 権大僧(都?) 廣田?左面には、正月廿日巳 石塚? 木? 中? 廣田?と寄進者名等がみえる。権大僧都とは、天台宗、真言宗の僧侶の位(階級)のようた。1746年。