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旧町名継承碑、南綿屋町。大阪市立島之内図書館の東側道路の歩道植樹帯に、ぽつりと建てられています。現在の島之内1~2丁目の一部にあたります。碑文によると、町名の変遷は以下のようです。江戸時代が終わり明治となった初頭には、大坂三郷南組の石灰町、道仁町、高津町であったそうですが、明治5年に南綿屋町と改められました。明治12年に南区編入、明治22年の市制施行で大阪市南区南綿屋町となりました。以来、昭和57年の住居表示の実施まで存続しましたが、現在この町名は消滅しています。町名の由来としては、その昔、綿を扱う商家が多く集まっていた地区だったためではないか、と記載されています。明治はじめは、軽工業しかなかった日本の主力輸出商品は綿等の紡績製品だった頃なので、木綿問屋とかの製品を扱う店が多かったのかも知れませんね。