旧町名継承碑からの感動!
名前 |
旧町名継承碑 『清水谷東之町』 |
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ジャンル |
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住所 |
〒540-0005 大阪府大阪市中央区上町1丁目6−4 野河ビル |
HP | |
評価 |
4.0 |
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旧町名継承碑、清水谷東之町。明治初頭、西成郡吉右衛門肝煎地の一部であったが、明治5年に東成郡中道村字清水谷と、西成郡吉右衛門肝煎地字新山の各一部となった。明治30年、大阪市東区に編入され、清堀字清水谷・字新山の各一部となり、さらに明治33年に各町をまとめ清水谷東之町となった。昭和54年の住居表示の実施に伴って、上町一丁目・玉造二丁目の各一部となり、清水谷東之町という町名は消えた。町名の由来は、地形由来と考えられるが、「浪華百事談」という書物で「この地に清水があるように見えない」との指摘があり、作者は町名の由来は不明と考えていた、とのこと。「浪華百事談」作者は未詳、天保初年に難波神社近くに生まれ、天保弘化頃に幼少年期を過ごした人物で、この本が書かれた時期は、明治25年~明治28年、作者60才頃の作品と推察される、とのこと。(レファレンス協同データベースより)