スポンサードリンク
スポンサードリンク
画像は著作権で保護されている場合があります。
画像は著作権で保護されている場合があります。
画像は著作権で保護されている場合があります。
画像は著作権で保護されている場合があります。
画像は著作権で保護されている場合があります。
| 名前 |
林芋村歌碑 |
|---|---|
| ジャンル |
|
| 評価 |
4.0 |
| 住所 |
|
歌碑には「深雪せる野路に小さき沓の跡 われこそ先に行かましものを 林芋村」とあります歌碑の高さ105cm 巾43cm 揮毫は高見桝平林芋村は大正4年から昭和4年まで平谷小学校で教員をしていました。この歌の詞書には「二月六・七・八日雪降り続く」とあります『四日間も降り続いた雪は40cmも積もった。二月十日の早朝、野路一面は平らになるほど雪に埋めつくされている。この深雪の中を、わらぐつをはいた子どもが、ひと足ひと足、雪の中からくつを抜き出すようにして、学校へ向かっている。この足跡を見て、芋村が子どもを思いやり、感慨をこめて詠んだ。』平谷村教育委員会編「われこそ先に」から引用 121P碑陰、碑の裏には「昭和七年四月三日 西川宗繁建之」とある西川宗繁は芋村の同僚で芋村が不慮の事故で亡くなった後、芋村の野帳の短歌543首をガリ版刷りで残した人。その中からこの歌を選んで歌碑にした。歌碑の台座は芋村に学んだ宗繁の妻、主計(かずえ)と下の川から運び上げたという。