豊中市で出会う『陣屋跡』の歴史。
麻田藩陣屋跡の特徴
豊中市に残る麻田藩の歴史を感じることができる場所です。
移築された長屋門や御殿の一部が見どころになっています。
藩主青木氏に由来する石碑が歴史を物語っています。
こんな大坂城にも京都にも至近の場所で一万石とはいえ外様大名が配置されているとは…よっぽど青木家は幕府にナメられてるか気に入られているかのどっちかやろなーちなみに遺構はここにはまったく残っていないが近くに陣屋の長屋門が移築されているらしいですこんど行ってみよ!
古いマンションの解体?工事があって、石碑と説明板が全く見えない状態でした。かろうじて、フェンスの上に手を伸ばして撮影しました。肉眼では見ること能わず。
さすがに寂しい。よほど研究対象とかでもない限り…。
麻田藩1万石の藩主邸があった場所、方形の館であったようです。この場所には石碑のみですが、市内に門と藩主邸表玄関が移築され残っています。
石碑の他、近在に移築長屋門、御殿の一部など有り。
昔、豊中市にこの様な『史跡』がある事を知って驚いた事を思い出します。
藩主を青木氏とする麻田藩は、石高一万余りの外様大名です。大坂の陣で、商大藩主は豊臣方の武将でしたが、陣後、家康に召され、ここ豊中市蛍池に本拠の陣屋を構えました。以後一貫して統治に存続した、豊中にゆかりの深い耐みょうけです。当時のことを期した絵図によると、陣屋は方形で周囲に濠をめぐらせ、面積五反歩余りあったといわれています。内部には大名の居住する御殿のほか、会議所・柔剣道場などがあり、周辺に家臣の邸宅がならんでいました。文久三年(一八六三)の記録によれば、家臣の数は百十人余りあったものと記されています。
昔、豊中市にこの様な『史跡』がある事を知って驚いた事を思い出します。
陣屋跡です。石碑と説明板のみです。遺跡や遺構はありませんでした。
| 名前 |
麻田藩陣屋跡 |
|---|---|
| ジャンル |
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| HP | |
| 評価 |
3.0 |
| 住所 |
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子孫麻田家の者です。子や孫にも伝えたいです。