高槻・服部の神秘 神服神社参拝。
神服神社の特徴
高槻市北部に位置する、立派な神社です。
服部連公が祀られている歴史ある社です。
清水小学校のすぐ前にあり賑やかな場所です。
境内に車乗入れ、駐車も十数台できます。お正月はタイミング良ければ、すぐに停めれてお参りできます。正月三が日はお参りの列が絶えません。
地元民でありながら、生まれてこのかた60年目にして初めて参拝しました。御朱印は書き置きタイプですが、しっかりとハニタンの神スタンプもあり、よかったです。
令和5年1月元旦、13時30分現在、もの凄く混んでます。
しんぷく神社と読みます。秦氏系統の服部(はとり)の連は実際にこの地域に定住していたようです。近くには連の古墳塚などごあります。御祭神は牛頭天王(素戔嗚尊)・ヒノ速日命・麻羅宿禰と服部連、案内板に素戔嗚尊でなく、はっきりと秦氏の氏神として牛頭天王と記されているのは珍しいでしょう。ヒノハヤヒの命は服部連の祖神、ヒは火編に漢と書くようです。マラの宿禰は服部連の先祖、麻織物と関係するのでしょうか?麻といえば阿波の忌部氏を連想しますが、徳島にも秦氏が多いのだとか。
高槻市北部では大きな神社です。歴史もあり落ち着ける場所です。
毎年こちらの神社に初詣に行きます。コロナ前から出店等はなく、おみくじや御守を買える位ですがいつも行列です。並んでるすぐ側まで車が入ってくるので危ないなと思います。
通りかかって偶然に見つけました。境内は広く立派な神社でした。社務所の隣りに蔵があるので神輿があるんでしょうか。
カムハトリ。小学校の前。
服部地区の氏神さん。
| 名前 |
神服神社 |
|---|---|
| ジャンル |
|
| 電話番号 |
072-687-8770 |
| 営業時間 |
[金土日月火水木] 9:00~16:00 |
| HP | |
| 評価 |
3.9 |
| 住所 |
|
|
ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
|
周辺のオススメ
神服神社(かむはとりじんじゃ)。大阪府高槻市宮之川原元町。式内社(小)、旧郷社。現在は、”しんぷくじんじゃ”とも呼ばれる。主祭神:素盞嗚命 樋速日命(ヒノハヤヒノミコト、 麻羅宿禰の遠祖) 麻羅宿祢(マラノスクネ)【関係氏族】服部連麻羅宿爾は、天御桙命(あめのみほこのみこと、天之御中主神の11世の孫)の後裔の伊豆国造一族で服部連の祖。資料によると、もとは「服部神社」と称していたが、延喜年中に「部」を除き、上に「神」を付して「神服神社」と改め、「カムハトリ」と呼ぶようになつた。この地は織部司として諸国の織部を統括していた服部連の本貫であり、その祖神を祀つた社である。維新前は、社僧として服部安岡寺の僧侶が社務をとつていたが、明治の初めにこれを廃し、同5年郷社に列した。祭神の素盞嗚命は織田信長が素盞嗚命・天照大神以外を祀る神社を破壊したので加えたという。神社の北西塚脇の竹林の間には、大小14の古墳が群がり、いづれも当時の機織部の墳墓という。当社の南方1.2kmほど、清福寺町に式内社の「阿久刀神社」が鎮座しており、その創建・由緒は詳らかでありませんが、百済系の渡来系氏族であり養蚕と機織りの技術を持っていた「調氏」が祖神を祀ったとする説があります。そうであるならば、当社から阿久刀神社にかけての一帯で広く養蚕と機織りが行なわれて衣服の一大生産地となり、それを担った氏族が連携していたことが考えられるかもしれません。古くは当社から阿久刀神社に神輿の渡御があったと伝えられ、当社と阿久刀神社の間には深い関係があったことが示唆されます。とあります。