桂川連理柵の歴史に触れて。
「桂川連理柵」の史跡 お半長右衛門供養塔の特徴
京都の桂川東岸に存在する歴史的な塔塚が魅力的です。
大きい方の法華塔には一石一字との刻印が施されています。
訪れることで歴史の深みを感じることができる素晴らしい場所です。
仕事でこの付近に来た時に、たまたま見かけて興味を持ち、ググりました。こうして大きなものから小さなものまで、色々なものに興味を持ち、好奇心を満たすのはいいものだと改めて思いました。
桂川連理柵(かつらがわれんりのしがらみ)大きい方の法華塔の上台の正面には「一石一字」とあり、背面には「文化丙子/十一月建/海珠軒/講中」と刻まれています。※文化丙子は文化13年(1816年)小さい方の法華塔の上台には銘文は刻まれていません。信濃屋の娘お半(14)と帯屋長右衛門(38)の悲恋の話を題材にした浄瑠璃が安永5年(1776)菅専助により「桂川連理柵」が書かれました。上方落語の「胴乱の幸助(どうらんのこうすけ)」は「桂川連理柵」を題材にした作品です。新京極誓願寺の墓地には、二人の墓と伝える墓標があります。その刻銘は宝歴11年(1761)です。
すごい良い所ですよ。
歴史的な建物です。
名前 |
「桂川連理柵」の史跡 お半長右衛門供養塔 |
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ジャンル |
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住所 |
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HP | |
評価 |
3.1 |
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京都の桂川東岸に桂川連理柵の史跡と言われる塔塚が二基あります。それが「お半長右衛門供養塔」になります。塚の脇には説明書きが設置されていました。