江戸時代からの信仰、八雲神社で祈願!
大伝馬町八雲神社の特徴
大伝馬町八雲神社は江戸時代から信仰されている神社です。
お祭りではかっこいいお神輿が見られ、賑わいます。
御本殿の横には独特の桶が置かれ、ユニークな印象を与えます。
大伝馬(おおでんま)町八雲神社は、神田神社境内の神社(摂社(せつしゃ))で小舟町八雲(やくも)神社、江戸神社とともに江戸時代には、祇園牛頭天王三社(ごずてんのうさんじゃ)と呼ばれていました。天水桶は防火用水などに使うため、雨水を溜めるためのものです。深川大島の鋳物師・太田近江大掾(おうみのだいじょう)藤原正次(通称・釜六)の作です。反物などの流通を一手に担う問屋仲間が1839年(天保10年)6月に奉納したものです。彼らは祭礼費用を賄うなど、神社と深い結び付きを持っていました。
お祭りのときに見えるお神輿がかっこいいです。
江戸時代以前から信仰されていた神社で、大伝馬町で大切にされたそうです。
御本殿の横にある「大伝馬町八雲神社」は神田神社境内にある末社で、ご祭神は建速須佐之男命、祭礼日は6月5日です。神田明神のHPによれば『大伝馬町八雲神社鉄製天水桶 一対千代田区指定有形民俗文化財(平成16年4月1日指定)この天水桶は、地上からの高さが1,4メートルほどになる一対のものである。寸法は高さ76,7cm、口縁部の周囲287,3cm、口縁部の内径82,5cm。八角形の基壇と四角形の台座は石製で、天水桶は鋳鉄製である。天水桶の口縁には「巴」が連続する文様が見られ、また台座は蓮弁(れんべん)を模した形にするなど、装飾も施されている。銘文によれば、この天水桶は、江戸深川上大島町(江東区大島)在住の御鋳物師(いもじ)である大田近江掾藤原正次(釜屋六右衛門、通称、釜六)が作成したもので、江戸の問屋仲間の一つ太物問屋仲間が天保10年(1839)6月に奉納したものです。太物問屋とは、反物などの流通を一手に扱う商人のことで、江戸でも日本橋界隈を中心に軒を並べていました。大伝馬町八雲神社の運営費用は、最初は、宮元である大伝馬町が伝馬入用から賄っていましたが、後に太物問屋仲間が賄うようになります。そのため天水桶には大伝馬町の名と共に太物問屋仲間の名前が刻まれている。』と書かれています。
神田明神内にある神社の一つで、江戸よりも前から祀られていた神社と言う言い伝えが有るそうです。
狛犬ではなく桶が置かれてます。
| 名前 |
大伝馬町八雲神社 |
|---|---|
| ジャンル |
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| HP | |
| 評価 |
4.4 |
| 住所 |
|
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ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
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大伝馬町の八雲神社のようです。歴史は結構あるようです。