南北朝の歴史、北伊勢の削平地。
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神社の裏から登ったら削平地がありました。ここが主郭かな?遥拝所だったようです。低土塁と下に帯曲輪がありました馬《●▲●》助ヒヒーン♪
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| 名前 |
大矢知砦跡(おおやちとりで) |
|---|---|
| ジャンル |
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| 評価 |
3.3 |
| 住所 |
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南北朝時代、北伊勢地区は南朝方の伊勢国司北畠氏が支配していました。文中元年(1372年)、北朝方の仁木義長と南部頼勝が北畠顕泰を攻めましたが500人の死者を出して敗北してしまいます。この時に北朝方が築いた大矢知砦跡の案内板が、長倉神社の境内にありました。