樹齢千年の大楠と神秘。
水屋神社の特徴
大きな赤い桶が目印の、圧倒的な存在感の神社です。
奈良の春日大社との深い縁を持つ、歴史的な古社です。
巨木が立ち並ぶ境内は、自然のパワーを感じる素晴らしい場所です。
厳かで神々しい⛩️でした。龍神さまが祀られ居て近くには櫛田川が流れており癒されスポットです✨
大和国の春日大社に祀られている天児屋根命(あめのこやねのみこと)の安在所であるこちらの水屋神社では、貞観元年(859)よりこの地でとった水を春日大社に送る「お水送り」の儀式が今でも行われているとの事です。水が綺麗な飯高の地だからこその儀式と言えるんでしょうね。
規模は小さい社だが君が代に謳われている「さざれ石」や樹齢千年の大楠はじめ杉や梅等とにかく樹木が凄い!意外と空いているのでおすすめです!観る価値は充分有る!※参拝は24時間可能、駐車場有、トイレ有、
水屋神社駐車場🅿は神社対面の赤い桶のところに停めたら良いですよと地元の方に言われて停めさせていただきました。トイレ🚻有り車椅子♿少し段差ありますが○御祭神櫛稲田姫命(幼名瀬織津姫、スサノオのお妃)天児屋根命(海幸彦、春日大神、後の鹿島大明神)建速須佐之男(スサノオ)龍神姫命(閼伽桶の井の主祭神、スサノオのお妃ミズハノメノカミ)蘇民将来(スサノオに一宿一飯をした人、伊勢の守り神)これが主祭神五柱続いて天照大御神 (卑弥呼)品陀和気命 (贈る応神天皇)大山津見命 (ツクヨミ)宇迦之御霊神(伊勢の外宮様、この呼び方は藤原氏が付けた呼び名)迦具土神 (天照大御神よりも古い神で製鉄王金山彦)菅原大明神(道真公)社伝より奈良春日大社の安住所として天児屋根命が奉祭され。第11代垂仁天皇の御代、天照大神が当地に巡行した際に天児屋根命と神社裏の川中の巨石(礫石)をもって大和国と伊勢国との境にしたと言われています。また飛鳥時代の648年には「三蓋山(若草山)」から素盞嗚尊、龍神姫命、櫛稲田姫命を勧請したとされています。ここからは僕のメモです秘密をバラします神社庁の右ならえ社伝ですね☺春日大社の創建は奈良時代前後になってからのことで、この春日大社というのは歴史的に新しいです。社伝とは矛盾しますね。大和興福寺と伊勢神宮とで領地争いが奈良時代にあったのではないかとも言われています。奈良に都が造られた710年に、「閼伽桶の井」は興福寺の領地となっていることから648年とされる三柱の勧請も、もっと後の時代だと思われます。ようは天児屋根命を祭祀する末裔達が先祖を担ぎ系図を弄り記紀を創作し神を隠す。天皇家が切り替わったことを意味します。ここの神水を奈良の春日大社へ奉納しているということですが、元はこの水屋神社が春日大社の本来のお姿であり、御祭神諸共天児屋根命(藤原氏の祖先)の子孫から追い出されこの地へやってきました天児屋根命は高木大神系統でルーツは高句麗ですねスサノオは新羅ですねこの2つは朝鮮半島でバチバチにやり合って高句麗が勝ちます。新羅、百済、伽耶、高句麗の人々が日本にごっそり入ってきてますがこの事は言ったらダメになっていますこの人々はどこに配分されたかもご説明できますが長くなるのでここまで。主祭神の罔象女神ミズハノメノカミを龍神姫命とお名前を変え必死に地元の氏子さんが守っています。お名前を変えないと神社庁が圧力かけて潰しにきます何故このような事が分かるかと申しますと日本各地で罔象女神ミズハノメを潰され潰され損なったのが九州で残っています。罔象女神は日本一龍神姫ですスサノオと罔象女神の間に産まれたのが伊勢の外宮様、お名前は辛国息長大姫大目姫命からくにしなおおひめおおめひめのみこと後に天児屋根命と結婚します。その時の名前が息長大姫子どもはタケミナカタ後に猿田彦と結婚しますその時の名前が大目姫子どもは卑弥呼宗女イヨスサノオと櫛稲田姫との間の子どもは長髄彦です。神武天皇と喧嘩して勝った人ですね。知らんけど(笑)ここは龍神が居られます罔象女神さまです龍神姫様とは仲がいいので出て来てくれます。何故、天児屋根命の末裔達が威張れるのかも分かりますよね☺威張っていいのですが嘘書いてまで誤魔化すのは良くありません。春日大社の本当の神社が水屋神社です奈良春日大社の上にも当て字が違う水谷神社があります。ぜひ本物の御祭神にお会いに来てください☺ありがとう御座います☺
2024/10/26神社前に無料🈚️の駐車場🅿️がありました。●樹齢1000年ぐらいの御神木や●川に行くことができ、そこでは人工的に作られた庭よりも、自然に出来たのに凄く綺麗な景色が有りました✨●他にも[龍のような木(昇龍楠)🐉]や自然豊かで見所の多い所でした😌
遠い遠い神代の頃、天照大御神が白馬に乗ってこの地に巡幸した時、この地に鎮座しておられた春日の神、天児屋根命(あめのこやねのみこと)と出会い、巨石を投げて、その波の留まるところを大和と伊勢の国境と決めました。大石を櫛田川に投げ込むと、川の水が巨大な水柱となり、その水が落下するときに滝のようになったことから、そのあたりを「滝野の里」と呼ぶようになり、大波が高見山にまで達したことで、高見山を大和と伊勢の国境としました。天児屋根命と出会った際に天照大御神が「珍しや」と言ったことから峠の名は「珍布峠(めずらしとうげ)」と名付けられました。珍布峠と巨石の礫岩(つぶていし)は神社の川向こうにあります。のちに大和の春日大社の行在所、つまり仮宮として天児屋根命を奉斎したといわれます。清和天皇貞観元年(859)11月9日、神社西方の「閼伽桶(あかおけ)の井」から春日大社への奉納を始め、正月暦を創りました。これは「水屋神社のお水祭り」の由来となりました。天正5年(1577)の兵乱で途絶しましたが、平成14年(2002)4月、閼伽桶の井の神水の春日大社へのお水送りが、425年ぶりに復活しました。毎年7月31日に神水を入れた二振りの赤桶を乗せた水御輿が閼伽桶の井より本社へ渡御されています。祭神の天児屋根命は岩戸隠れの際、岩戸の前で祝詞を唱え、天照大御神が岩戸を少し開いたときに布刀玉命とともに鏡を差し出した神様です。天孫降臨の際邇邇芸命に随伴し、中臣連の祖、つまり藤原家の祖となった神様です。神社裏手に聳える神木の大楠は推定樹齢1000年以上、樹高35m、根回り29m、樹幹12mという巨木です。
👨💻👩🏻🌾2022年9月に訪問しました❣️道路沿いの大きな赤い桶よりも、ケヤキの大株がすごくインパクトがありました☺️天然のものみたいなのですが、とても神々しくパワーを感じました!駐車場は道路の南側に5台程度停められるスペースがありましたが、すぐそばに横断歩道がなく少し危険を感じました。横断歩道を渡るようにしましょう☺️
大化の改新の頃に創建された奈良の春日大社とも縁の深い古社です。龍神姫命をお祀りしている神社は、こちらだけとの事です。境内には樹齢一千年の大楠を始め、巨木が鬱蒼としています。境内裏手より櫛田川の川べりに降りる事が出来ます。
水屋神社の神木大クスを見に来ましたが、1本じゃなかった!神社内にはその他にも巨木が立ち並び神社の景観を守ります。
| 名前 |
水屋神社 |
|---|---|
| ジャンル |
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| 電話番号 |
0598-46-0932 |
| HP | |
| 評価 |
4.4 |
| 住所 |
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樹齢1千年の楠木の巨木が拝殿の奥に鎮座しています。拝殿の周辺には、他にも巨木が。駐車場は、道路を向い側に10台程度、無料です。訪問した当日は、境内で、団体さん10数名が、健康体操をされていて、インストラクターのような方がハンズフリーのマイクで体操の動き方(右手、はい、左手など)をレッスンされていて、静謐な神社の雰囲気をぶち壊しておられました。駐車場もこの体操参加者の車でほぼ満車でした。