子部神社の歴史、笑いの起源。
蝶嬴神社(少子部スガル神社)の特徴
式内社子部神社の論社、参道がなく独特な雰囲気を感じられます。
養蚕を奨励した雄略天皇の伝説が伝わる神社として知られています。
すがるにまつわるユニークな歴史が刻まれた境内案内看板があります。
式内社 大和國十市郡 子部神社 ですー境内案内看板ー(要約)雄略天皇は養蚕を奨励する為 侍臣の「すがる」に命じて蚕《こ》を集め奉る様命じたが すがるは子《こ》とまちがえて 国中から子供を集めてきたので そのことに雄略天皇は大いにお笑いになり その集めてきた子供たちを「すがる」に与えて大事に養うよう仰せられた すがるは自ら 子供たちを養うこととなり 少子部連《ちいさこべのむらじ》という姓を給うたという話 記紀にも書かれています。
| 名前 |
蝶嬴神社(少子部スガル神社) |
|---|---|
| ジャンル |
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| HP |
http://www.jinja-net.jp/jinjacho-nara/jsearch3nara.php?jinjya=33792 |
| 評価 |
4.0 |
| 住所 |
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もう一つの 式内社「子部神社」の論社です、なんと 参道がない!田んぼの脇の用水路の端のコンクリートを、綱渡り状態で行きました 別名「蝶嬴神社」 「軒の宮」とも呼ばれています。育児の神様と案内板に書いてあります境内には立派な御神木がありますが何らかの理由で5mくらいのところで切られていました。