スポンサードリンク
スポンサードリンク
画像は著作権で保護されている場合があります。
画像は著作権で保護されている場合があります。
画像は著作権で保護されている場合があります。
画像は著作権で保護されている場合があります。
画像は著作権で保護されている場合があります。
| 名前 |
西浜観音堂 |
|---|---|
| ジャンル |
|
| 評価 |
5.0 |
| 住所 |
|
アクセスはいささか説明しづらいのですが、南西方向の路地から入って、ハス田の間の道を進んだ突き当り、石段を上るとまずは杉の大木。自然に侵食されつつある観音堂(古い古い2DKの長屋のような建物です)があります。このような鄙びたところに正三位・参議の藤原教長卿が・・・。保元の乱(保元元(1156)年)で崇徳上皇方についたため捕らえられ、常陸国信太郡の浮島に配流された藤原教長が幽囚の七年余を過ごした場所です。観音堂の左手前の大杉は、教長手植えのもので、応保2(1162)年に赦されて都に帰る際、親しく交流した里人達に残した墨書にこう記されています。「ゆめのまにまに七歳あまりすごしなむ このうつし植えたる杉のみどりと村びとたちのこまやかなるかたちを末ながく契りて 浮島の里人と別れんとするときに」時代を代表する歌人にして書家、政治家であった教長ほどの偉人が浮島にあったこと、そして教長の心情溢れる墨書。感動を覚えます。