清原神社で開拓の歴史を感じる。
清原神社の特徴
清原神社は清原自治公民館内に位置していますので、アクセスがとても便利です。
開拓碑は熱意溢れる文章が掲げられ、歴史的な価値を感じさせます。
大東亜戦争に関する趣旨を知ることができ、深い社会的背景に触れられます。
開拓碑の設立趣旨です 熱意溢れる文章です開拓記念碑建立の趣旨大詔によって大東亜戦争は終わったが、その惨禍は失業と飢餓 地獄の苦を重ね 社会不安は愈深刻となって来た。政府はこの危機突破のために緊急開拓事業実施要領を定め 即時これを断行した。吾等は昭和二十年十二月十五日國土開発・日本復興の理念のもとに 県所管の元宇都宮陸軍航空基地内の清原地区に入植 同二十六日に清原帰農組合を結成 翌二十一年清原開拓団と改称更に昭和二十三年八月十六日清原開拓農業協同組合を設立 開拓の推進 土地改良 農業の近代化 組織強化と 開拓魂の錬成につとめ 逐次これを実行に移した。本組合は戸数七十四戸開拓面積百七十七町 米麦年産五千俵 特に落花生年産二十八万瓩 日本一の生産地区として推称されている。その他野菜の栽培畜産養蚕等も盛で 主に栃木県開拓農業組合連合会その他の系統機関を通して取引されている。爾来営々苦闘和親協力精進すること二十年 政府県地元その他の助成支援によって開拓事業も概ね完了して予期以上の成果を収め得たことは吾等の終生忘れることの出来ない感激であり喜びである。ここに組合はこのまごころを現はす総意に基いて開拓二十周年を記念するために開拓の父と仰ぐ栃木県知事の揮毫になる「開拓碑」を建立し之を永く後世に伝え処世の銘とすることを希うものである。昭和四十年十二月十五日 開拓者 福田仁平 撰書 石匠 猪口起一 刻字 清原農業協同組合 建之。
| 名前 |
清原神社 |
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| ジャンル |
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| 評価 |
3.5 |
| 住所 |
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清原自治公民館の中にある清原神社です。木製の明神鳥居に金属組み合わさっていました。