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| 名前 |
念来寺橋 |
|---|---|
| ジャンル |
|
| 評価 |
3.0 |
| 住所 |
|
天台律宗 淨發願寺末 無常山念來寺 本尊阿彌陀如來 山家小路始め光明山念來寺無量壽院と稱し、元和5年法國、光明、弾誓3世の法孫、唱嶽木食長音上人を開山とし、常念佛を開闢せり。元和7年3月大念佛あり、稱號不退の霊場と云ふ。享保20年まで120年間法燈赫々たり。同年相州一ノ澤淨發願寺の末寺となり、東叡山一品親王の令旨なり、光明佛流儀専修念佛増進の道場となる。境内東西35間、南北52間、長音上人の代城主戸田氏の寄進せる處。 長音上人は羽州秋田の歸命寺に移り80歳まで寂す。6世空幻明阿、碩學にして徳あり、淨發願寺の住持を兼ね、相州と往來す、途次一の宮景觀寺に於て享保4年迂化す。本尊阿彌陀如來(御丈七尺)脇士觀世音、得大勢至の兩菩薩、延命地蔵尊(御丈一丈)寢釋迦と稱する金泥の佛像あり。其大なこと比類なし多く明阿の作なり。本尊と地藏尊は傳へて和田村境西善寺にあり。寝釋迦佛は諏訪の神宮寺にありと云ふ。國分尼寺の遺跡にて明治20年頃までは其石塔存在せりと云ふ。(小川昌成説)明治5年廢寺、現在唯鐘樓を残すのみ。樓後に水野家臣の巨石碑あり。(旧松本市史下巻)