千曲川隣接の神社で祈願を。
御祭神は少産名命、左に天満宮、金刀比羅社、秋葉社。右に稲荷が鎮座。
名前 |
養蚕神社 |
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ジャンル |
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住所 |
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HP |
http://www.nagano-jinjacho.jp/shibu/01hokusin/07sarashina/11084.htm |
評価 |
5.0 |
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養蚕神社祭神:少産名命(すくなひこのみこと)・保食命(うけもちのみこと)境内末社:金刀比羅社、天満宮、秋葉社、稲荷社旧更科郡、今の更北・川中島地区は千曲川と犀川と隣接した扇状地であり、古より数多の水害が記録されている。故にこの地ではあちこちで水に関わり深い諏訪明神を勧請し創祀していた社伝が多い。さて、江戸初期までは、ここ氷鉋村は一村で形成されていたが、村請制度に伴い上氷鉋・中氷鉋・下氷鉋の三村に分割された。その時、諏訪本社にならい上氷鉋村の産土社は諏訪沖の上社と犀川河原前の下社として分祀されたが、文政元年(1818)京都吉田家より社号を許可され、上社・下社は、双方とも同じ「川中島斗賣神社」と呼ばれていた。時は流れ、明治期になると、養蚕と製糸が盛んになっていた長野県は蚕糸王国とまで呼ばれるほどになっていた。この地も例外ではなく、豊蚕を祈り蚕を「神」として祀る文化が急速に普及しており、元来、穀物の神、 食物の神、 田の神として祀られていたこの祭神も、明治12年(1879)「養蚕社」に社号を改め現在に至っている。社号の変遷江戸初期:諏訪下社江戸後期:川中島斗賣神社明治初期:養蚕神社。