武士の哀れ、腹切坂の伝説。
日見腹切坂石碑・看板の特徴
腹切坂は武士の悲劇を記した歴史的な場所です。
地元の人々の哀れみが形になった石碑があります。
坂は網場宿町から山頂まで続き、訪れる価値があります。
腹切坂の由来は諸説ありますが、坂は網場宿町から山の頂上まで続いていました。結構な急な坂で、山頂に石塔が3基有りました。2基が傘付位牌型のお墓です。誰かが埋葬されていた様です。道路脇に単独であるお墓は、行き倒れた人を葬った事が多いのですが、そういう謂れの墓のかも知れません。数十年前国道34号線開削時、この石塔の存続が危ぶまれましたが、東長崎の有志の方々により、最初は矢上の教宗寺に受け入れて頂けました。その時行政は何もしなかったらしいです。現在は現在地に移動して後世まで残ることができるでしょう。
名前 |
日見腹切坂石碑・看板 |
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ジャンル |
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住所 |
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評価 |
4.0 |
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説明板によりますと「果たし合いに敗れた武士が腹を切って果てたので、地域の人がそれを哀れに思って石碑を建てた」旨の内容でした。