清瀬と江戸をつなぐ道標。
清戸道の碑の特徴
練馬区立総合体育館前にある清戸道の碑です。
江戸から青梅へ至る古道の道標を現しています。
清瀬市と江戸をつなぐ野菜の道の由来が記載されています。
東は江戸川橋から西は清瀬に至り練馬区内中央部を東西に貫いている古道の道標で、江戸から見て青梅に至る青梅街道のように清戸は現在の木清瀬のことでその時代の流通路。
結局のところ、今の目白通りの原型となった道がここにあったということでしょ。私は目白通りは東京オリンピックの時に都内のオリンピック会場と埼玉は戸田に設けられた漕艇会場を結ぶ目的で作った道だと思ってました。事実、谷原交差点から笹目橋に至る道路は都内では「笹目通り」になってますが、和光市にはいると「オリンピック道路」という名になりますからね。確か練馬区に谷原交差点辺りを写した古写真があったはずです。道幅は今より狭いけど、交差点としては当時も今も形はそっくりでしたね。
江戸時代からある、練馬から江戸市中へ出るための道です。中村橋にも同じような看板がありますね。
碑なんでしょうか?これ。
わが清瀬市とお江戸を野菜でつなげる道の由来が書かれていて、清瀬市民としては、たいへん光栄な立て札です。しいて言えば、練馬区だけでなく、スタート地点である清瀬市役所がちゃんとアピールすべきなんですけどね。
詳しく記してある。
名前 |
清戸道の碑 |
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ジャンル |
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住所 |
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評価 |
3.5 |
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練馬区立総合体育館前の歩道横に「清戸道の碑」と説明板が建てられています。碑は練馬区教育委員会が近年設置した新しいもので、昔からあった道標ではありません。「清戸道」は、練馬の村々から江戸にでるための主要道路であったそうです。この地の昔の通行事情を教えてくれる「清戸道の碑」と説明板、貴重な情報発信ツールです。