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名前 |
外波台場の跡 |
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ジャンル |
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住所 |
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評価 |
3.0 |
帝国陸地測量部地図を見ると、元々はこの辺りから児島湾口に向かって細長い岬状になっていて(帝国化工=現:テイカの敷地の殆どは埋立地)、土地の人に大山と呼ばれた小さい山が在ったようです。現在は切り崩されて千人塚ぐらいしか、往時を偲ばせる物がありません。外波台場は、その山の上に築造されました。築造の際、塚を暴いてしまい、出土した刀剣を侍が持ち帰ったところ、それに触れた人が「安徳天皇台場の亡魂・・・」と口走りながら発狂したという言い伝えが残っています。因みに、「外波台場の跡」の碑はテイカの工場内に在りますので、近くで見るには入場許可を得なければなりませんが、道路からでも望遠レンズを使えば文字まで読めるのではないかと思います。