四天王寺の安政津波碑、歴史を学ぶ。
安政地震津波碑の特徴
四天王寺内に位置する歴史ある安政地震津波碑に訪れました。
日本の地震史に名を刻む安政東海・南海地震を後世に伝える石碑です。
被害者の供養を目的とした重要な文化財として多くの人が集まります。
安政東海・南海地震は日本の地震史の中でもトップテンの中に入る。犠牲者は3万人という説もある。これらの碑を見ただけで夥しい人が亡くなったのがわかる。大阪の他の場所にも安政大津波碑がある。地震津波は古来より日本列島を襲ってきた。いつきても準備と心構えは忘れてはいけない、とこれらの碑は訴えている。
安政東海地震と同南海地震の被害者の供養と、後世に伝えるための石碑である。町人の手によって、安政元年(1854年)の地震の翌年に、四天王寺に建立された。元々は、元三大師堂の前の池のほとりにあった。現在は、無縁墓の最上段に置かれている。下からでは読めないが、ググると何人かの方々と役所によって、色々とまとめられている。発起人は、小西八兵衛。その他に、世話人として21人の名前が刻まれている。その他、多くの人が関係している事がわかる。石碑が出来るまでの詳しい経緯はわからなかった。周囲の石碑にも、安政地震に関するものがある。漢文でびっしりと書かれていたりするので、解読は素人には難しい。文字の判読すら難しいものもある。
| 名前 |
安政地震津波碑 |
|---|---|
| ジャンル |
|
| 電話番号 |
06-6771-0066 |
| 評価 |
4.3 |
| 住所 |
|
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大阪市内には多くの安政地震の津波の碑がありますが四天王寺内にも安政地震津波碑があります。災害が多い昨今色んな所に犠牲者供養や災害に対する啓発の為に碑を残す先人の思いを大切にせねばと思います。