歴史深い玉造稲荷神社へ。
玉造稲荷神社の特徴
地下鉄玉造駅から北へ300メートル、アクセス良好な立地です。
垂仁天皇の時代に創建された歴史深い神社です。
大阪城からも近くて、観光にも最適なスポットです。
赤い鳥居が見たくなり玉造稲荷神社に参拝しました。何か気持ちがリラックスできました。
全国の稲荷信仰は京都伏見稲荷(8世紀初め創建)に始まるとされているが、ここはそれよりも遥か以前、垂仁天皇の時代に(紀元前12年に)創建されたとされている。ただ、豊臣、徳川時代には豊津稲荷として信仰を集めていたためか、古表記の「稲生」ではなく一般的な「稲荷」であったり、お狐様が居たりと(メチャカッコいいが)、プレ伏見にそぐわないところもある。
玉造に用事があった為、来訪しました。社務所で絵馬と紐を購入したのですが、とても優しい方で、良い神社だなぁとその時点で感じました。平日だったこともあり、混雑もなく、お参りできました。本殿に御神籤があり、引いてみたのですが、すごく当たっていて、びっくりしました。縁結びの神社で絵馬も可愛いので、女性には特にお勧めだと思います。
大阪城からさほど離れていない場所にあります玉造稲荷神社創建は垂仁天皇18年(西暦紀元前12)と伝えられます。古代、付近一帯は「玉作岡」と呼ばれ、勾玉(まがたま)などをつくる玉作部が居住しており、それが現在の玉造の名の起こりとなりました。豊臣徳川時代には大阪城の守護神として知られ、またここで豊臣秀吉・秀頼・淀殿などが千利休のお点前で茶会を催していたと伝えられています。境内には秀頼奉納の鳥居や千利休の顕彰碑などのほか、難波玉造資料館もあり、古代玉遺物、玉の歴史や玉作り工程、古代土器など貴重な資料が展示されています。そして、女性の神様がたくさん祀られ、良縁や仕事、病気治癒、子宝など、女性の人生に関わるあらゆるご利益を授かることができます。なかでも、恋愛成就にご利益のあるハート型の恋キツネ絵馬と、ピンク色の真田紐が大人気又こちらの神社は、大阪城の南東にあり、古くは大阪城三ノ丸に位置していました。そこで、豊臣家や、忠臣であった真田家にも大変ゆかりが深く、最近では“歴女”たちからの人気も高い場所です。 また神社内にある「胞衣塚大明神(よなづかだいみょうじん)」は、豊臣秀頼と、その母の淀殿を結ぶ胎盤などが祀られている大変貴重なお社だそうです近くには、真田家に縁のある三光神社や心眼寺などもあり歴史に触れるには最適なスポットといえるでしょう。
大阪メトロ玉造駅の北側、森ノ宮駅からもそれほど離れていない場所にある「玉造稲荷神社」です。こちらは垂仁天皇(すいにんてんのう)の時代、紀元前12年に創建されたとされる歴史ある神社で、古代には“玉作岡”と呼ばれ、勾玉を作る玉造部(たまつくりべ)がいたそうです。聖徳太子が物部氏との戦いにおいて戦勝祈願したという言い伝えがあったり、豊臣時代には千利休がここで茶会を開いたり、江戸時代には大阪からお伊勢さんへ向かうお伊勢参りの出発点としても栄えたそうです。また、近代においては上方漫才の作家で横山エンタツ・花菱アチャコの名作「早慶戦」を書き上げ、その後もオール阪神・巨人、B\u0026B、太平サブロー・シロー、宮川大助・花子、ザ・ぼんちなどを育てたとされる秋田實(あきたみのる)氏が幼少期にこちらの境内で良く遊んでいたことから、同氏の“笑魂碑”があったりと、縁や逸話が盛り沢山なすごい神社で、他にも豊臣秀頼公の銅像、難波玉造資料館、半分以上が土に埋まった鳥居など、境内のいたるところに見どころがあります。こんなにすごいところが一般にはあまり知られていないということに逆に驚かされたりもします。
名前 |
玉造稲荷神社 |
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ジャンル |
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電話番号 |
06-6941-3821 |
住所 |
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HP | |
評価 |
4.2 |
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