森の中の癒し、東金八坂神社。
八坂神社(松之郷)の特徴
群生する木々に囲まれた静謐な神社が舞台です。
祭神は素盞鳴尊で、鬼門鎮護のために勧請されました。
毎年盛大に行われる天王様の例大祭で賑わいます。
祭神は、素戔嗚尊1289年 久我台城主:北条武蔵守平久時が、居城の鬼門鎮護の為、京都の八坂神社より分祀。本殿内殿は、蟇股裏面の墨書から、1691年の建立と見られている。現在は、1894年に建立された覆屋風本殿の床上に置かれている。内殿は、彫刻を多用し、彩色を施した装飾豊かな社殿となっている。祭神:素戔嗚尊が出雲国に降臨した際、牛に乗って、その後農耕に使役した故事に倣い、本殿前には1743年に飯高十郎右衛門他4名に寄進された一対の牛が神使とされている。また、境内前鳥居左側には、目通り:3.7m 高さ:約20mのご神木:銀杏がある。【現地案内板より抜粋】とにかく、本殿の堂々たる存在が目を引きます。ちょうど銀杏の色づき一番良い時期に訪問する事ができました。駐車スペースあり。
石鳥居には、元禄十二年己卯(1699年)、約320年前、綺麗すぎな感じもするが、素晴らしいと思う。拝殿前に寛保三年亥(癸亥)u003d1743年奉納されウシの石像がある。大きななでウシは良く見かけるが、この様な、狛ウシ?は初めて見ました。拝殿の彫刻にも、良く、龍がある部分にウシと笛を吹いている子供の姿にとても癒されました。木鼻の獅子も素晴らしい!
何故、八坂神社?鎌倉時代中期、赤橋流北条長時が総州の守護職となり、松之郷に居館を構えた事で、この地方に歴史の足跡を残す事になったという。八坂神社は、赤橋流北条家三代久時の頃、知行地であった久我台(古賀館)の鬼門の鎮守として、東金市金谷の平蔵台にあった天王様を現在地に勧請し、あわせて京都の八坂神社から分霊を祀ったものと伝えられているという。祭神は素戔嗚尊(スサノオ)で、現在も「松之郷の天王様」と称され、厄除の神として信仰されているという。さて、京都洛東に御坐す八坂神社の分祀を、この地に祀る由来は何か、考察を試みた。***以下は個人的な見解***赤橋流北条氏の初代長時・二代義宗・三代久時は、若くして六波羅探題に任じられている。六波羅探題とは、承久三年(1221年)後鳥羽上皇が朝廷の権力を取り戻す為に蜂起した承久の乱の後、京都の朝廷の動向を監視するために設置した鎌倉幕府の出先機関である。六波羅探題の所在地は、京都山城近江間を通る街道に近い場所に位置し、世情の動向を逸早く察知するには都合のよい交通の要衝の地でもあった。京都八坂神社(祇園感神院)は、この六波羅から見て、まさに鬼門の方向にあるのである。青年期に六波羅探題に赴任した彼等は、雅な京都の街並みや雰囲気に、武士(もののふ)の都鎌倉には無い何かを感じ取っていたのだろうか。上総松之郷の居館の鬼門除けには、かつて京都で目にした優美な八坂神社が相応しい、そう思ったのかもしれない。
ふと、大きな神社が目に入ったので参拝させていただきました。千葉県東金市の八坂神社です。後で知った事なのですが、地元の東金市では有名な神社らしいです。鳥居をくぐり、拝殿を参拝後、本殿を見てみようと回り込んだのですが、その理由がわかりました。とても立派な本殿です。さらに拝殿と独立した形になっており、直接、参拝が出来ます。とても大きな本殿に圧倒されます。これほど大きな神社ですが、神職の方々はおりません。本殿の内殿は、千葉県の有形指定文化財となっているようですが、拝見できませんでした。本殿だけでも見る価値があると思います。
もし自分が東金市内でお勧めの神社を3つ紹介しろと言われたら、日吉神社、田間神社と並んで、この八坂神社を押します。重厚な本殿や御神木の銀杏、本殿脇の大杉など見どころが色々あります。八坂神社は、鎌倉時代後半に北条長時が安房・上総・下総の房総3国の守護職として松之郷に館を建てた際に、その鬼門の鎮守として東金市金谷の平蔵台にあった天王様を現在地に勧請し、あわせて京都の八坂神社から分霊を祀ったものと伝えられています。祭神は素戔嗚尊(スサノオノミコト)で、現在も「松之郷の天王様」と称され、厄除けの神として信仰されています。素戔嗚尊(スサノオノミコト))は、牛に乗り天界より出雲国に降り、その地で農耕に牛を使い大いに治績を挙げたとのことです。その故事に倣い、八坂神社の神使は牛と定められ、絵馬にも使われています。よって拝殿並びに本殿には、狛犬ではなく牛が祀られています。
入り口に立派な太い木が門番の様に立っています。
2020年9月〜千葉市内から国道126号線を走り🚘️途中から県道119号線(旧道)を進むと東金駅前を越えて千葉学芸高校交差点を左折して、道なりに右側に東金八坂神社が有ります。その先には桜の名所、願成就寺さんになります。千葉学芸高校(旧東金女子高校)の手前は田間神社さんです。東金八坂神社さんは、普段は無人ですので、御朱印は社務所前の箱に書き置きが入ってますが、とっても素敵な女性宮司様は、近隣の36神社兼務ですので、事前に電話かメールにて日時の打合せが必要ですね。通常御朱印はダイナミックな字体が素晴らしく、山武杉で作った貴重な限定御朱印(書き置き)も拝受出来ます。また御朱印は兼務社の大網白里御嶽神社の見開き御朱印(書き置き)も有りますので如何でしょうか?駐車場は道路沿いを進むと右側に東金八坂神社が有りますので、神社の敷地切れ目の所に入口が有りますから、そこから神社敷地内に入り(入った正面は地元消防団のガレージ)適当に停めれますよ。
御祭神は素盞鳴尊創建は正応二年(1289年)久我台の城主北條武藏守平久時が、居城の鬼門鎮護のため京都、八坂神社の祭神素盞鳴尊の分霊を現地に勧請奉斉されたと記録されている。何となくで参拝しましたが、鳥居を潜ると立派な拝殿が見えてきます、神社の参拝時には必ずグルッと廻りますが、拝殿の裏に回ってビックリ!本殿が大変大きく立派です。境内の雰囲気も良くもっと知られても良いかと感じました。近くを通った折には再度参拝したいと思います。
須佐之男命を御祭神とする神社で、鎌倉時代後半に北条長時が安房・上総・下総の安房3国の守護職として松之郷久我台(現在の東金商業高等学校地)に館を建てた際、その鬼門の鎮守として東金市金谷の平蔵台にあった天王様を正応2(1289)年に現在地に勧請し、併せて京都の八坂神社から分霊を祀ったものと云われ、現在も『松之郷の天王様』と称され、厄除けの神として信仰されています。社殿は、横長型の拝殿の後方に独立して本殿が建てられており、社殿配置の上では古い形態のなごりがみられます。一間社流造の本殿は、元禄4(1691)年に建立、明治27(1894)年4月12日に再興され、『八坂神社本殿』として東金市の有形文化財(建造物)に指定され、『八坂神社本殿内殿』は千葉県の有形文化財(建造物)に指定されています。拝殿前の1対の牛は、『八坂神社の神使(牛一対)』として東金市の有形文化財(彫刻)に指定され、日本神話によれば、御祭神である須佐之男命が牛に乗り天界より出雲国に降り、其の地で農耕に牛を使役して、大いに治績を挙げたという神話より、その故事にならい、往古よりこれを神使と崇め絵馬にもえがき、氏子庶民の信仰を集めて今日に至っている貴重な文化財であります。また、『八坂神社の銀杏』は、東金市の文化財(天然記念物)に指定されており、境内の西南、鳥居の左側にある神木で、目通り3.70m、高さ約20mを測る雌株で、高さ約5mのところから欅のやどり木が寄生している珍しい状態にあります。南西側からクルマで境内に入れば駐車スペースあります。トイレもありました。
名前 |
八坂神社(松之郷) |
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ジャンル |
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住所 |
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評価 |
4.3 |
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旧道119号千葉学芸高校(旧·東金女子高校)の脇の道を2キロ程入った所の森の中に鎮座。神社拝殿の両脇に一対の神使牛の像がありますがこは、日本神話によれは、八坂神社の祭神素戔嗚尊(スサノオノミコト)が牛に乗り、天界より出雲国に降り農耕に牛を使い働かせたとあり、その故事に倣って、往古よりこれを神使いとしていた事から置かれていると思います。広々した境内には子安神社・厳島神社などの末社があります。周りが木々に囲まれ、ひつそりしてますが趣があり歴史を感じ取れる神社です。