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中種足雷神社(なかたなだれらいじんしゃ)御祭神 別雷命境内社 稲荷大明神由緒中種足雷神社は別雷命を主祭神とし、恵みの雨を降らせ、五穀豊穣をもたらす神として崇敬されています。古老の伝えによると、昔、千坪余りの荒地に古木が林立し、たびたび雷が落ちたといいます。村人は、それを憂い、雷よけのために別雷命を勧請したところ、雷が落ちなくなりました。それ以後、村の鎮守として崇めてきたといわれています。中種足雷神社の創建は明らかではないですが、享保十九年(1734)に、神祇管領から「正一位雷神宮」の神階を受けた旨の報告祝詞があります。なお、明治から大正にかけて行われた神社の統廃合により、上・中・下種足の総ての社がここに祀られています。(加須市教育委員会設置「境内案内板」参照)主な文化財加須市指定無形民俗文化財「雷神社獅子舞」雷神社獅子舞は「ささら」ともよばれ、霊的な獅子の力で、悪霊・悪疫・害虫を退散させ、天下泰平・五穀豊穣を祈る舞です。その起源は定かではないですが、獅子頭の内側に寛政六年(1794)塗り替えとあり、それ以前から獅子舞が演じられていたことが判ります。獅子舞の行列は、東印寺から雷神社までの間を、笛・太鼓の囃子により行進します。境内を太刀による居合で清め、六尺棒・薙刀などで演技を行い、獅子・花かぶり・万灯を配して十二の曲目を演じます。(加須市教育委員会設置「境内案内板」参照)町(騎西地域)指定有形民俗文化財「明治十三年・大正元年奉納の算額」現代でいう 幾何学の問題を解いたもので、難題が解けたことを記念し神様に感謝・奉納したものです。都築社中によって明治十三年(1880)と、大正元年(1912)に奉納されました。明治十三年のものは、測量する風景が描かれる特異な画面構成です。(加須市HP「騎西地域の文化財・史跡」参照)中種足雷神社の力石力石は、鳥居を潜って左手の石置き場に一つ「奉納力石三拾四貫目 元禄一四辛巳年(1701)三月初二日 施主 上種足村 平左ェ門 同一八人」稲荷大明神裏手の木の根元に二つ「三拾二貫目」「四十四メ目」と読めるものがあります。種足は、昔、種垂と書き騎西城の出城であったといわれています。今は往時の様子を偲ぶべき遺構も見当たらず、周囲は静かな田園地帯です。