古墳巡り、歴史の趣きを探して。
七夕池古墳の特徴
七夕池古墳は古墳時代前期の貴重な円墳です。
光正寺古墳と密接に関連する位置にあります。
周囲は整備された公園で、静かな鑑賞が楽しめます。
専用の駐車場はないので、光正寺古墳の駐車場に車を停めて、徒歩5分ぐらいで着きます。墳丘からの景色はとても良いです。
七夕池に接した場所にある円墳の古墳です。造られたのは5世紀前半とみられ、直径29m、高さ3.7mの規模で周囲は幅3.5mの溝で囲まれていました。主体部は竪穴式石室で、長さ約1.8mとなっています。被葬者は40~50歳代の壮年女性と推定されています。琴柱形石製品、刀、鏡、玉等が発掘されています。
小さな公園的なスペースに古墳があります。高さはそんなになく、登れたりはしません。駐車場もないので、見学の際はご注意を。景色は良くて隣の古墳の全体像が伺えます🎵
かなり地味な感じですが、人によっては歴史的な趣きを感じるかも知れません。園内には特に何もかもありません。駐車場はどこかで止めてから来るのをオススメします。
駐車場が無いので。
5世紀の円墳です。女性が埋葬されていたそうです。
この古墳から他の古墳見えます。
光正寺古墳は少しわかりにくいところにあり、駐車場はありませんでした。糟屋平野最大の円墳との事、盗掘を受けてなかったため埋葬時の状態で多くの副葬品が出土しているようです。造られたのは近くの光正寺古墳よりも100年ほどあとの5世紀前半との事です。(光正寺古墳公園にある説明には4世紀後半となりますが・・・)光正寺古墳と七夕池古墳は1975年6月26日に国の史跡に指定されたとの事です。
住宅街にぽつんとあり、わかりにくい。公園としてきれいに整備されてます。
名前 |
七夕池古墳 |
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ジャンル |
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住所 |
〒811-2204 福岡県糟屋郡志免町3丁目18−511番9号 |
HP |
https://www.town.shime.lg.jp/site/bunkazai/tanabataike-kofun.html |
評価 |
3.6 |
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七夕池古墳(国指定史跡)は、JR新原駅の北西1.9kmほどの志免町田富にある古墳時代前期(4世紀)に築かれた糟屋地区最大の円墳です。福岡平野東端部、現在の志免町の南東端の丘陵上に位置します。多々良川支流の宇美川の流域にあたり、川の右岸から約800 m 離れた場所にあり、七夕谷池というため池に接しています。当古墳の約300m南東の宇美町光正寺には3世紀の前方後円墳である光正寺古墳があります。3段に築造された直径29m 、高さ3.7mの円墳で、墳墓の周囲には幅3.5mの溝で囲まれています。被葬者は40〜50歳代の壮年女性と推定されています。主体部は川原石小石積の竪穴式石室で、長さは約1.8 mです。昭和48年(1973年)住宅地造成中に発見されたのを機に発掘調査が実施され、九州で8遺跡しか出土例がない琴柱形石製品や、刀や鏡、そして約3,300点ほどの玉などが出土しました。昭和52年(1977年)に公園として整備されました。その後、古墳東側の民有地を平成11年(1999年)に発掘調査した際に周溝が確認されました。古墳のある「田富(たどみ)」という地名は、かつてあった筑前福岡藩の糟屋郡(かすやぐん)田富村に由来します。明治22年(1889年)田富村、別府村、志免村、南里村、吉原村、御手洗村が合併して改めて志免村が発足して、田富村は消滅しました。昭和14年(1939年)志免村が町制施行して志免町となりました。