九七式中戦車チハを祀る神社。
若獅子神社の特徴
日本陸軍少年戦車兵学校跡地に建立された神社です。
戦地で使用された九七式中戦車が安置されています。
英霊を祀った神社で、戦争資料が管理されています。
貴重な戦争資料です。車体には着弾跡のマークも有り、生々しい戦争戦闘遺物でした。今日の平和の礎を創られた、先人達に感謝致します。
自衛隊生徒(生徒中期課程機甲科)時代に同じ少年戦車兵の先輩ということで表敬訪問しました。ご高齢ながら当時の戦争体験の方がご存命でした。当時、74式、61式で訓練を受けていた私たちはチハ車の小ささや装甲の薄さ、また被弾した弾痕などを見て衝撃を受けたことをよく覚えています。
錆びた戦車がありました。戦争から月日がたったことを実感するとともに、お国のためにと戦った若者たちのことを考えると、戦争の悲惨さを考えさせられました。戦争はかなり傷んでおりました。歴史を知るうえで、貴重な資料となると思います。
「若獅子」とは、戦時中の少年戦車兵の愛称である。未来ある若者が激戦地区のサイパンで玉砕した御霊の慰め、平和を祈念といった思いから祀られているとのこと。九七式中戦車 チハは装甲が米国のM4シャーマン戦車に比べ薄い上に、砲も口径不足、、対戦車戦では圧倒的不利な状況の中(接近しないとM4の装甲を貫通できない)命を懸けて戦った英霊には尊敬の念と、無念が同時に沸き上がり複雑な気持ちになります。以下転記↓車体には貫通した弾の跡が各所に見られ、激戦の跡を物語っています。発見時、車内から二振の日本刀と人骨が発見されました。ろくな補給もなく、兵器の性能・兵員数も圧倒的に劣る中どのような思いで、少年兵が鉄の塊の中で戦っていたのか・・これも特攻と言っても何ら変わらないです。同じような過ちを起こさぬよう、真実を見極め、退廃的な思想や堕落した精神に惑わされぬよう今一度自分自身にも戒めていく必要性をひしひしと感じました。
旧帝国陸軍少年戦車兵学校跡地に、生き残った同級生らによって作られた神社だそうです。サイパン戦から帰還した朽ち果てた戦車が展示されています。平和が続くことを願わずにはいられません。
日本の為に 戦った英霊が祀られてます絶対に忘れては いけない事ですとても綺麗に管理が行き届いて 大勢の方に参拝して欲しい神社です。
日本軍の戦車兵学校があったところ。九州出身の父親が、あと数ヶ月でも戦争が続いたら彼もここに来ていたかも知れないと、感慨深げに言っていたのが懐かしい。
戦地で使用された戦車を祀ってあります。年々朽ちていく姿に胸が詰まる思いです。
ずっと前から気になっていて、第二次世界大戦でサイパン島玉砕時に使われた九七式中戦車が置いてある若獅子神社に行ってきました。駐車場に着くと、思ったよりもこじんまりとした境内に高く聳え立つ若獅子の塔に目が行きました。塔の意味や思いは現地に行った時に自分の目で見て読んで、感じてください。塔の前で手を合わせてから左へまわり、いよいよ九七式中戦車です。錆びて朽ち車体はボロボロですが、それと分かるものをよく観察しながら何周か回って見て、車体に受けた弾痕や一部だが厚さの分かる装甲板等をみながらこの戦車の由来を見て考えていたら、私が親だからというのもあるかもしれませんが、まだ二十歳にもなっていないような子供たちがこんなので戦っていたかと思うと何だか虚しくて悲しくなり、とてもカメラを向ける事は出来ませんでした。これは、自分の目で見て感じた事を心の中に留めておくべきものだろうと。なので、写真は性能諸元の看板だけで許してくださいwあと、正面入り口には旧校門がみられますので、そちらへも足を運ぶと良いと思います。今回の訪問は良い社会科勉強(歴史)になりました。
名前 |
若獅子神社 |
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ジャンル |
/ |
電話番号 |
0544-54-0210 |
住所 |
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HP | |
評価 |
4.4 |
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神社というよりも慰霊碑に近い感じです。目の前の駐車場は広く、戦車もあります。