京極家跡で歴史を感じる。
旧豊岡藩主京極家廟所の特徴
江戸時代の豊岡藩主の歴史が感じられる廟所です。
京極家が繁栄を築いた重要なスポットです。
ひっそりとした場所から豊岡の街並みを見守っています。
線路を隔ててひっそりと豊岡の街並みを視てきたであろう旧豊岡藩主 京極家跡寛文8年(1668年)、丹後国田辺藩より「京極高盛」が藩主となり豊岡を繁栄させた。明治4年(1871年)廃藩置県により豊岡県から兵庫県に編入する。この建物や墓などを大切に保存してきた。豊岡の方々にも感謝したい。300年以上の時を超えて時代を感じることが出来る場所でした。奥へ進むと大石内蔵助の妻である、理玖」さんの生家場所や旧名石家の墓も大切に保存されていた。忘れ去られている方もいるだろうが、心のどこかに「大石内蔵助を支えた妻」は全国でも有名な事でその出身地でもある豊岡を誇りに思う。また、京極家の墓前にはキレイな花が供えてあった。(自分がお供えしたいからであろう・・・と察する)誰かが来ていた事実と今でも手を合わす方々がいることを感じてこの場所をあとにした。動画もあります。雰囲気が伝われば幸いです。#Chushingura #Oishi built-in assistant #Riku Oishi
| 名前 |
旧豊岡藩主京極家廟所 |
|---|---|
| ジャンル |
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| 評価 |
4.3 |
| 住所 |
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江戸時代に豊岡藩を統治した京極家の廟所。墓所はこの建物の左手奥の石段を上がった所にある。門や築地塀は立派だが正面だけにしかなく、左右から自由に敷地に入って見学できる。「石束家墓地」の案内は立派なものがあるのに、こちらの廟所や京極家墓所にはまったく案内板や解説の掲示がなくて非常に不親切だし京極家に対して失礼。案内板がないからこの御廟の建物がいつ建てられたのか、内部がどのようになっているのか(仏像とか位牌とか)、祭祀はどのように行われたのか、など全くわからない。建物の正面と瓦屋根に四つ目紋があり、京極家の廟所であることがわかる。