無人島の長平像でサバイバル体験。
「無人島長平の像」野村長平の特徴
野村長平の像は、江戸時代の漁師の物語を伝えます。
畑の脇に位置し、静かな環境で歴史を感じられます。
無人島でのサバイバル体験を象徴する貴重な彫刻です。
なにやら「ジョン万次郎がアホウドリを絶滅の危機に追い込んだ」とかヘンテコな説を書き込んでる人がいますが、根本的に間違っています。万次郎が鳥島に漂着したのは1841年(天保12年)のことで、アメリカ船に救助されるまでの滞在期間は4ケ月ほどです。遭難した数人が毎日捕まえて食べたとしても、減る数は知れているでしょう。鳥島のアホウドリが激減したのは、明治以降に羽毛採取のため乱獲されたことが原因です。乱獲の中心人物は明治の実業家「玉置半右衛門」で、牧畜開拓のためと虚偽の申請をして1887年(明治20年)に鳥島に渡り、100人以上の体制でアホウドリを捕りまくり、1922年(大正11年)に鳥島から撤退しました。その間に捕獲された数は、明治期だけでも500万羽とも600万羽とも言われています。この事業で巨万の財を得て、玉置は全国の長者番付に名を連ねました。万次郎が4ケ月でアホウドリを500万羽も食べたわけではありません。もしそうだとすれば、それはそれでスゴいニュースだったんでしょうけど・・。なお、鳥島は島全域が天然記念物に指定されており、東京都の許可なく勝手に上陸できません。許可が下りるのは生物や火山などの学術調査目的の場合のみです。
土佐のロビンソン・クルーソーと聞いて行ってみましたが、長平の像はFRPのプラスチック製で一度見たらいいかなと。隣の駐車場に野村長平の無料記念館でもあれば良かったんですが…
江戸時代、土佐の漁師だった野村長平は、嵐で船が破損し、小笠原諸島の鳥島に漂着。そこで12年もの間、水、食糧に不自由しながらサバイバル生活を送り(その時の仲間は全員死亡)、新たに漂着した日本人と粗末な船を自作して脱出したという。材料も工具も乏しく船を作るのに5年もかかったとか。吉村昭の小説「漂流」に詳しく書かれている。ジョン万次郎と同じ島に60年も前に漂着した、何という偶然。ジョン万次郎はわずか4ヶ月でアメリカの捕鯨船に救助されたという。なんという強運。ジョン万次郎のように歴史的な人物ではないが、野村長平この人も偉人だと思う。もっと取り上げられ、資料館ができる事を願います。
畑の脇にある像。観光客はほとんど来ないと思います。無料の駐車場と公衆トイレあり。吉村昭の漂流を読んだ人は行きたくなると思います。
無人島長平の像(野村長平)及び墓サバイバルで生き延びました。凄いです。
日本のロビンソンクルーソー?名字をもらって、わりと長生きしたようでなんかうれしいです(^-^) 案内板から入るよりは、一寿司会館から入るほうが良いかも。
| 名前 |
「無人島長平の像」野村長平 |
|---|---|
| ジャンル |
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| 評価 |
3.5 |
| 住所 |
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サバイバルと言えば、やはり野村長平がすぐに浮かびます。いつの日か偉大なる先人にスポットライトが当たる日を期待しています。詳しくは「漂流」を読みましょう。