憲政之祖国の碑、歴史の息吹。
開成館跡の特徴
幕末の歴史を感じる開成館跡で、当時の雰囲気を楽しめますよ。
ホテル日航高知旭ロイヤルの近くに位置していて分かりやすいです。
憲政之祖国の記念碑があり、訪れる価値があります。
ホテル日航高知旭ロイヤルの前の道を東へ進むと右手に公園があり、そこに「憲政之祖国」の大きな記念碑がある。この公園が「開成館跡」、「三傑会見の地」、「海南学校跡」、「憲政記念館」と呼ばれる所だ。公園の南西隅に「開成館址 西郷木戸板垣三傑会合之地」の碑も建っている。開成館は慶応2(1866)年、藩が殖産興業、富国強兵を目指して建設したものだ。慶応3(1867)年8月、イカルス号水夫殺害事件は、夕顔艦上での交渉では片付かず、場所を長崎に移した。通訳のサトウは、後藤象二郎の招待で藩船空蝉で須崎を出発、8月11日浦戸に着いた。イギリス公使の通訳アーネスト・サトウと山内容堂の会見はここで行われた。この時の様子は、坂本精一訳『一外交官の見た明治維新』に詳しく載っている。三傑会見には,明治4(1871)年1月19日、薩摩の西郷隆盛、大久保利通、長州の木戸孝允、杉孫七郎と、板垣退助、福岡孝弟らが出席し、三藩協力して政府を強化し、維新の大業完成を目指す親兵献上の案を決定した会談だ。これは廃藩置県にもつながる。この地こそ維新前後の歴史の大きな舞台であった。
名前 |
開成館跡 |
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ジャンル |
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電話番号 |
088-841-0001 |
住所 |
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HP |
http://www.city.kochi.kochi.jp/soshiki/90/cas-city-6100600.html |
評価 |
3.4 |
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幕末に開成館という藩の施設があった所です。開成館跡・西郷木戸板垣三傑会合の地碑がたてられています。その後板垣退助が立志社を設立し、多くの人材を輩出したことから憲法之祖国碑がたてられています。