梅と紅葉が魅せる、歴史の憩い。
野村望東尼山荘跡の特徴
福岡の貴重な尊皇家で、美しい梅と紅葉が楽しめる場所です。
近所の憩いの場として、散歩にもぴったりの場所となっています。
歴史や文学を学ぶ場所としても、訪れる価値があるスポットです。
福岡の貴重な尊皇家です。月形洗蔵や高杉晋作との交流も深いですね。ひょっとしたら秋月藩の臼井亘理らとも…。
春は梅、秋は紅葉が美しく近所の憩いの場でもあります。
車で行きました。この辺りの道路の名前の由来となった山荘です。少しわかりにくい入り口で、3台ほど駐車可能です。ただ、大きい車は避けたほうが賢明です。近くに、コインパーキングが数ヶ所在ります。山荘は質素な佇まいが維持管理されており、当時の周囲がどうだったのだろう...高杉晋作もあるいたんだろうなぁ...と想像が膨らみます。
西鉄福岡線の薬院駅から平尾山荘までの散歩を楽しみました。平尾山荘が綺麗に管理されていました。障子が造りだす柔らかな日差しに心休まる思いを久しぶりに味わいました。高杉晋作は、ここに1864年11月頃10日間ほど過ごしています。幕府による第一回長州征伐の動きよる長州藩政変により身の危険を感じた高杉は、九州の鍋島藩に救援を求めに来ました。しかし、それに失敗した後、筑前藩の月形らのすすめで、野村望東のもとに潜伏したようです。潜伏期間中に、長州藩政府が正義派と言われる高杉らの仲間である三家老などを俗論派により処刑された、との知らせを受けています。ここで高杉は、俗論派を倒幕する決意を固めたようです。下関に戻り、12月15日深夜、遊撃隊と力士隊の80人を率いて功山寺を訪れ、そこに蟄居している五卿の前に具足を着けた高杉が現れ、決起の意志を伝えています。
歴史、送った手紙や詩の勉強し直してまた来たいです。
| 名前 |
野村望東尼山荘跡 |
|---|---|
| ジャンル |
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| 評価 |
4.5 |
| 住所 |
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近くに資料展示室があり、昔の面影を感じることができます。