文政5年の伝統、興禅寺焼の魅力。
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姫路焼、興禅寺焼ともいわれ、文政5年(1822)興禅寺東の山麓に窯を築き、有田系の磁法で、染付や青磁の徳利や皿・鉢などを焼いた。現在、窯跡は、畑に整地され、作業場の井戸跡と窯跡を示す標柱が建てられている。
名前 |
東山焼 窯跡 |
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ジャンル |
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住所 |
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評価 |
3.0 |
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過去に存在した東山焼と言われる江戸時代後期に始まった陶器類で姫路藩御用達の指定や将軍家への献上品としても選ばれるほどの質の良さだったそうですが、明治時代に入り窯焼きは終了したそうです。この場所がその原点であり、別の場所に窯場を移すまで此処で製品が造られていたとされる碑と説明板が立っています。歴史的価値は非常にあるのですが車を置く場所がありませんのでこの点は減点とさせてもらいます。