天然記念物の魚雷、貴重な地震計。
地震動の擦痕の特徴
丹那断層の地層のずれが感じられ、歴史的な地震の痕跡が明確に見える展示です。
江間公園の片隅に、天然記念物としての魚雷が設置されており珍しい体験ができます。
北伊豆地震の貴重な証拠である魚雷が、自然の地震計としての役割を果たしています。
貴重な天然記念物です。人口物での天然記念物は珍しく、また実物の展示なので自然の脅威を感じられます。また、魚雷の大きさにも驚きました。
2024年3月30日に見学しました。昭和5年1930年に発生した北伊豆地震(震度6)の振動により、石の台座上で魚雷が動き、魚雷の側面に725mmの傷跡が残されています。当時の揺れの凄まじさを物語る物証として、昭和9年1934年に天然記念物に指定されました。
魚雷に残された地震の痕跡を見ることができます。地元の軍人さんががもってかえってかざっていたもので、中身は空っぽなのでそんな見重くはないそうなのですが、かなりの大きさ。魚雷が揺れたというより、地面が動いたのですが、こんなに動くかねというくらい左右にぶれています。しばらく観察していたら向かいの自動車会社のおじいさんがいろいろ説明してくれました。丹那断層公園も行ったかね、なんて尋ねられます。バイクで道路わきに停めましたが、江間公園の駐車場に停車するのが丁寧ですね。展示は公園の敷地内だし。
人工物であり兵器である魚雷が、地震計となり天然記念物になっています。
中々興味深いっすく(`・ω・´)
丹那断層でみた地層のずれが、この江間公園の片隅に魚雷が設置されていた小学校から移設して展示とか、ガラス越しに魚雷先端部分に天地に大きくズレ横に上下に変動した痕跡を見ていかに激しく長く地震が起こっていたかが実感が湧く地震計の役割を演じている様がわかる擦痕ですね。
めずらしい物です。
天然の地震計と化した魚雷で、魚雷が事実上の国の天然記念物となった。旧田方郡江間村江間尋常小学校の校庭に忠魂碑が建立された際、海軍省より譲り受けた魚雷が忠魂碑の付属物として展示された。1930年(昭和5年)11月26日に発生した丹那断層の活動によって引き起こされたマグニチュード7の北伊豆地震の揺れで、展示されていた魚雷がすべり、魚雷の側面に台座に引っかかれたキズが天然の地震グラフ曲線になったよ。人工物では唯一の天然の地震計だよ。
北伊豆地震は様々な痕跡を残したが、まさか自然の地震計まで残していたとは!知らなければタダの戦時中の遺物だが、意味が判れば関心する。今でも研究対象になってるらしい。
| 名前 |
地震動の擦痕 |
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| ジャンル |
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| 営業時間 |
[水木金土日月火] 24時間営業 |
| HP | |
| 評価 |
4.0 |
| 住所 |
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