天童氏の守り神、喜太郎稲荷へ!
喜太郎稲荷神社の特徴
天童氏の守り神が祭られている神社です。
別名『天童神社』としても知られています。
住宅街にひっそりと佇む小さな神社です。
ここも、小さな神社です。お稲荷さんです駐車場が無いので注意して下さい。
名前につられて行きましたが、この地で栄えた天童氏の守り神が手厚く祭られていました。
駐車場がないので斜め向かいの集会所に停めさせて頂きました。周りは住宅地です。
別名天童神社、喜太郎稲荷とも呼ばれる天童氏の守護神。天童氏が出羽国天童にいた頃、喜太郎という足軽に窮地を救われたという伝説が残されています。
住宅街にある神社です。天童家の氏神様です。
名前 |
喜太郎稲荷神社 |
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ジャンル |
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住所 |
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評価 |
3.5 |
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江戸時代、山形の八幡村の領主であった天童氏の守り神です。天正12年(1584年)最上義光が天童に侵攻します。結果、天童城は落城しました。八楯の有力者だった延沢満延は義光に天童家当主の天童頼澄を追わぬようにと求めていて、義光もこれに応じていたそうです。そのため最上勢は天童勢の逃亡を黙認し、頼澄は陸奥国へと逃れたといわれています。その中で、天童頼澄は関山峠を越えようとしたのですが暗闇で難渋したそうです。その時に喜太郎と名乗る忍者があらわれてあかりを灯し愛子まで道案内をしたと伝わっています。それから天童氏はこの喜太郎を氏神としているそうです。さて、時間はさかのぼり落城前に戻ります。家臣の狐崎喜太郎が京都の伏見稲荷に参拝して神力得たといわれています。これが喜太郎神社の起源なのかもしれません。ところでお稲荷様は狐の神様と思っている人が多いでしょう。違いますよ、狐はお稲荷様の眷属で神様ではありません。狐は人目から隠れて狩りをするのです。水田のわきで稲につく虫をとっているのを昔の人は見ていて、「お稲荷様が狐をつかわし害虫をくじょしてくれている」と考えたのでしょう。喜太郎という人を狐の行動に重ね、灯を狐火とかさねて。喜太郎をお稲荷様の使いと考えたのでしょうか。喜太郎稲荷神社は喜太郎を使わしてくださったお稲荷様と喜太郎を祭る神社です。天童市内にも喜太郎稲荷神社が3社残されています。当地の周囲を八幡とよぶのは天童氏の影響か。想像は尽きませんね、、